4度目の逮捕も“不起訴”処分に…タレント「羽賀研二(64)」が服役後も飲み歩いていられた理由 巨額の賠償金を払うべき詐欺被害者が“孤独死”していた
沖縄刑務所へ逆戻り
Y氏の関係者が続ける。
「17年5月、大阪高裁は羽賀の控訴を棄却し、Yさんへの賠償金支払い命令は維持されました。それを踏まえ、Yさんは沖縄県警に“強制執行妨害”の被害届を提出した。その結果、羽賀は19年1月、共犯の元妻とともに逮捕されました。恐喝未遂と詐欺の罪で服役する沖縄刑務所からの出所を目前に控えたタイミングでした」
羽賀は20年3月、今度は那覇地裁から懲役1年6カ月の実刑判決を言い渡された。最高裁まで争い、翌21年1月、沖縄刑務所に逆戻りしたのである。
「羽賀の資産隠しは、いわば沖縄県警からお墨付きを得たわけですが、実際に差押えをするには、あらためて民事上の手続きが必要でした。羽賀に“詐害行為取消訴訟”を起こし、元妻に移された隠し不動産の名義を羽賀に戻さなくてはならなかった。と同時に、元妻には隠し不動産の転売阻止のため、“処分禁止の仮処分”の申し立てが不可欠でした」(同)
当時、隠し不動産の価値は4億円前後と見積もられていたため、その10分の1、4000万円程度の保証金も準備しなければならなかった。
「しかし、Yさんは金銭的に行き詰まっていたため、訴訟費用を用立てることはできませんでした。偽装離婚した夫婦が毎月300万円以上の家賃収入を得ているのをわかりながら、手の打ちようがなかった。おまけに、21年2月から3月にかけ、隠し不動産のうちの沖縄・北谷(ちゃたん)町の貸家と宜野湾市の軍用地が第三者に売却された。売値は両方で2億円近かったのですが、Yさんは指を咥えて傍観するほかなかったのです」(同)
ワンルームマンションで孤独死
羽賀の通算3回目の逮捕は、24年9月。愛知県警によるものだった。
山口組系暴力団組長らと共謀のうえ、北谷町に持つ商業ビル2棟と土地の差押えを免れようと不動産登記を偽装し、強制執行妨害などの疑いに問われたのである。
「2つの商業ビルは、名義人である元妻の税金滞納で沖縄県などから抵当権が設定されていました。それを解除するため、一旦、羽賀へと売却し、その代金で元妻は税金を納めた。Yさんとすれば、羽賀の名義になった瞬間、裁判を起こさずとも差押えが可能になったわけです。羽賀はそれを阻止すべく、暴力団組長から4億3000万円を借り入れた格好を取って、すぐさま自身が代表の不動産会社に所有権が移ったように装ったのです」(同)
とはいえ、羽賀は偽装工作に手を染める必要はなかったのだ。
「なぜなら、Yさんはその半年前の春先、大阪・十三のワンルームマンションの一室で孤独死していたからです。年齢は、まだ70歳手前。発見されたとき、遺体は腐乱した状態でした。数年前に脳梗塞を患い、仕事はできなかった。香川・小豆島(しょうどしま)にあるプチペンションの不動産の権利を持っていたのですが、そこからの月々5万円ほどの配当がほぼすべての収入でした。生活保護を申請したこともあったのですが、不動産を持っているからと却下された。それでも、不動産業者として手持ちの物件はまだ処分したくないと言い張り、頑なに売却を拒んだ。結局、Yさんが亡くなっていたこともあって、羽賀の3回目の逮捕は不起訴処分になりました。かねてから、Yさんは自分が落ちぶれていることを羽賀には知られたくないと繰り返していた。“ざまあみろ”と思われるからと。羽賀のせいで妻子とも別れ、孤独死にまで追い込まれたYさんはさぞや無念だったに違いありません」(同)
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