「働いているようにも、学校に通っているようにも見えず…」 麻原彰晃の後継者「31歳次男」の“ニート生活” 「いつも母親と一緒にいた」
14人が死亡し、6000人以上が負傷した地下鉄サリン事件が発生したのは、1995年3月20日のこと。それから31年、未曾有のテロを引き起こしたオウム真理教の教祖・麻原彰晃こと松本智津夫元死刑囚(63)=執行時=の「後継者」として、次男・璽暉(ギョッコウ)氏(31)が注目されている。その素顔とは……。
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【実際の写真】こんな普通のマンションに「麻原彰晃の後継者」が… 31歳次男が“ニート生活”を送っていた家
アレフの“主導的立場”
事件が起きたのは、3月20日の通勤時間帯、営団地下鉄霞ケ関駅に向かう3路線5方面の電車内だった。この1カ月前、目黒公証役場事務長を逮捕・監禁して死亡させ、教団に対する大規模な強制捜査が実施されることへの危機感を抱いた麻原が、サリンを地下鉄車両内に散布するよう構成員に指示したもので、警視庁を含む各省庁に通勤する職員らを殺害することが目的だった。
2日後、山梨県上九一色村(当時)の教団施設25カ所の一斉捜査が行われ、5月には麻原らが逮捕された。
2018年には麻原を含む教団の死刑囚全員の刑が執行されたが、オウム真理教は改称や内部分裂を繰り返し、今も活動を継続している。中でも、麻原への絶対的帰依を強調するアレフは、麻原の「後継者」とされる次男・璽暉氏が主導的立場にあるという(以下、「週刊新潮」 2025年7月31日号をもとに加筆・修正しました)。
いつも二人一緒
その璽暉氏と麻原の妻(66)が住むマンションに極秘で家宅捜索が入ったのは、2025年4月のこと。
「あの母子が越してきたのは14年前です。部屋から物音はほとんど聞こえず、ごくたまに出かける時も日中は避け、夕方以降にいつも二人一緒だった。息子の方は働いている素振りもなければ、学校に通っていたふうにも見えませんでした」
こう話すのは、マンションの住人だ。
捜索の裏側を大手紙社会部記者が明かす。
「公安調査庁が25年3月以降、二人の住む部屋に対し、団体規制法に基づく立ち入り調査を行おうとしましたが拒否された。同庁が検査妨害で告発し、県警がガサ入れに踏み切ったのです」
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