助っ人4人全員が1イニングでアーチ揃い踏み!オープン戦で本当に起きた「珍事集」

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本来の調子が戻らないまま

 1イニング12失点を記録したのが、広島の左腕・高橋建だ。

 2004年3月21日のオリックス戦、左足太ももの違和感で調整が遅れ、この日が初登板の高橋は、3回まではオーティズのソロのみの1失点とまずまずの投球ぶりだった。

 ところが、当初は3回で降板予定だったのに、2番手以降の予定変更で急きょ4回も続投したことが、裏目に出る。

 先頭の谷佳知にいきなり二塁打を許したのをきっかけに、オーティズ、後藤光尊、谷に一発を浴びるなど12長短打を許し、まさかの1イニング12失点。ようやく日高剛を三邪飛に打ち取り、スリーアウトチェンジになったときには、スコアも7対1から7対13にひっくり返っていた。

 1イニング12失点は、公式戦では1946年のゴールドスター・内藤幸三(7月15日の近畿戦で記録)と並ぶような悪い数字だ。

 58年ぶりの大炎上劇に、高橋は「走り込みができず、すべてが思うようにいかなかった。本当にわかった。ごまかしでは先発できない」とガックリ肩を落とした。

 その後、「(開幕まで)もしこの1試合だけだったら、不安だけど、もう1試合(登板が)あるから、切れさえ戻れば心配ない」と北別府学コーチがフォローしたとおり、3月27日の巨人戦では5回を3失点で勝ち投手になり、状態も上向きになったかに見えた。

 だが、シーズンでは、初登板の4月6日のヤクルト戦で5回途中7失点KOされるなど、本来の調子が戻らないまま、前年の9勝8敗から3勝10敗と大きく成績を落とした。

超ド級の珍プレー

 無死満塁のピンチを三重殺で切り抜けたのに、1点を失う珍事が起きたのが、2015年3月8日のオリックス対西武だ。

 4回までに6対0とリードした西武は、5回にも渡辺直人、炭谷銀仁朗の連続タイムリーなどで4点を加え、なおも無死満塁と攻め立てた。

 だが、次打者・栗山巧は二ゴロに倒れ、ヘルマンがファースト・原拓也に送球してまず1死。一塁走者・秋山翔吾も一、二塁間に挟まれ、二塁カバーのショート・安達了一がタッチして2死となった。

 この挟殺プレーの間に二塁走者・金子侑司が本塁を狙ったが、安達が素早く捕手・伊藤光に送球し、三重殺が成立した。だが、三塁走者・炭谷がすでに生還していたことから、スコアボードに11点目が記録された。

 公式戦では、1962年7月12日の南海対東映でも、三重殺の間に1点入ったと思われた直後、1死目の右飛の際に三塁走者の離塁が早く、四重殺のような形で得点が認められないという超ド級の珍プレーがあった。

 オープン戦とはいえ、半世紀に1度見られるかどうかという珍プレーに、西武・田辺徳雄監督は「珍事はシーズンに入ったらないと思うよ」とあくまで調整の場であることを強調していた。

 オープン戦は“実力の試金石”であると同時に、“予測不能な舞台”でもある。

久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新著作は『死闘!激突!東都大学野球』(ビジネス社)。

デイリー新潮編集部

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