「犯人に大事にされました」の一言が大きな波紋を呼び…「あさま山荘事件」人質に取られた「牟田泰子さん」が半世紀間、沈黙を守り続けた理由【事件から54年】

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 いわゆる「連合赤軍 あさま山荘事件」が起きたのは、1972年2月のこと。この2月で54年の歳月が流れたことになる。警察当局に追われた極左過激派集団「連合赤軍」のメンバー5名が、長野県軽井沢の河合楽器保養所「浅間山荘」に逃げ込み、女性管理人を人質に取って籠城したのが2月19日。10日間の銃撃戦の末に鎮圧され、全員が逮捕されたのが2月28日。その間、警官2名と民間人1名、計3名の死者が出ている。警察当局が巨大な鉄球を用いて山荘の壁を破壊、強行突入した日のテレビ中継は、各局合わせた視聴率が90%近くに上ったほど。...

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