雅子さまが電話で「皇太子妃辞めます」…66歳を迎えられた「天皇陛下」 「ご別居」も「人格否定発言」もあった“苦難の時代”をいかに乗り越えられたのか
秋篠宮殿下の批判
7月、宮内庁は雅子さまのご病気を「適応障害」と発表。療養生活は続いた。
騒ぎは収まるどころかさらに大きくなり、殿下(当時)には、世間からばかりではなく、当の皇室の中からも批判が相次いだ。
〈「その年の11月、今度は秋篠宮さまがお誕生日会見でこの問題に触れ『記者会見という場所において発言する前に、せめて陛下とその内容について話をして、その上での話であるべきではなかったかと思っております。そのことは残念に思います』と、異例の兄宮批判をなさったのです」(同)
宮内庁内は言うに及ばず、宮中でも抜き差しならない状態が続いていた。それは、陛下が年末のお誕生日に、「皇太子の発言の内容については(略)まだ私に十分に理解しきれぬところがあり……」
そう言及なさったことからも明らかで、まさしく平成最大の危機が皇室を覆っていたのだった〉
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【後編】では、天皇陛下がこの苦難をどのように乗り越えられたかについて記している。進退窮まる中、陛下(当時は皇太子殿下)が美智子さまの手を握られ、涙を見せられながら、伝えたお言葉とは――。
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