雅子さまが電話で「皇太子妃辞めます」…66歳を迎えられた「天皇陛下」 「ご別居」も「人格否定発言」もあった“苦難の時代”をいかに乗り越えられたのか

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人格を否定するような動き

「週刊新潮」から続けて引く。

〈「雅子にはこの10年、自分を一生懸命、皇室の環境に適応させようと思いつつ努力してきましたが、私が見るところ、そのことで疲れ切ってしまっているように見えます。それまでの雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です」

 会見の場が静まり返ったのは言うまでもない。

「会見の最後には『どんなことを念頭に置かれたお話なのか』と、補足質問が飛びました。皇太子さまは『細かいことは控えたい』とされながら『そのことで雅子も私も、とても悩んだ』と漏らされたのです」(同)〉

 いわゆる「人格否定発言」が飛び出した瞬間である。前代未聞のお言葉に、世間は蜂の巣をつついたような騒ぎになったのだ。

発言の真意は

 皇太子殿下はその2日後に渡航され、5月24日に帰国。が、ご不在中に騒ぎが鎮まるはずもなかった。「週刊新潮」によれば、

〈「5月17日には、宮内庁の羽毛田次長(当時)の会見で『社会的影響の大きい発言。あらためて具体的内容が説明されなければ、国民が心配する』との陛下(当時。現・上皇陛下)のお気持ちが示されました。結果として皇太子さまは、ご帰国後の6月8日、長官の会見を通じて文書でご発言の真意を説明せざるを得なくなったのです」(同)

 その文面には、こう綴られていた。

「具体的内容について、対象を特定して公表することが有益とは思いません(略)皆さんにお伝えしたかったのは、私たちがこれまで直面してきた状況と今後に向けた話です」〉

「はっきり申し上げましたよ」

 説明が抽象的な表現に留まったために、さらなる混乱が引き起こされていく。

〈「皇太子さまの苛烈なお言葉は、一体どなたに向けられたものなのか、と様々な憶測が流れました。一義的には、ご成婚当時から『外遊はともかくお世継ぎを』との空気が支配していた宮内庁、中でも歴代の長官をはじめとする幹部らへ向けられたものでしたが、そうした雰囲気をおのずと醸成なさっているであろう両陛下、とりわけ皇后さまにも切なるお声を届けたかったのではないか……。当時はそんな見方も、記者会では広まりました」(同)〉

 そして、その裏では、以下のような衝撃的な出来事も起きていたという。

〈この6月8日の「説明文」が出される少し前、皇太子さまのご真意を伺うべく電話をかけてきた当時の東宮大夫に対して雅子妃は、

「そんなことをするのなら、私は皇太子妃を辞めます」

 そう言って一方的に電話を切り、傍らの皇太子さまに「はっきり申し上げましたよ」とご報告される一幕もあった〉

「皇太子妃を辞める」、つまり「離婚」を口にされたというのである。

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