「生まれるのも死ぬのも自分では決められない、だから放っとくしかない」 90歳を迎える横尾忠則の“運命まかせ”な人生観

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 今年90歳になるけれど、まあ、よくここまで生きてこられたものと感心します。というのも幼児の頃、町医者から、この子は育たないかも知れないと言われていたそうです。実の母は乳がでなかったので、養母になった人が看護婦の経験があったらしく、粉乳を真綿に染みこませて、僕の口に流したと聞いたことがあります。貰った子供だけに必死に育てられたのかも知れません。

 もともと虚弱体質だったせいか、病気になったりケガをしてよく学校を休んでいた記憶はありますが、大病を患ったことはありません。この歳になっても歯は親知らず以外1本も欠けていません。髪の毛も抜けず、ほぼ黒髪のままです。

 だけど、最近は息切れと動悸がして、信号が点滅し始めても走って渡ることはできません。外出の時は自転車で、歩行をすることはほとんどないせいか、以前のようにスタスタと若々しくは歩けません。このことは老化のせいというより運動不足の結果で、僕の生活習慣が原因です。元々のメンドー臭がり屋がたたってしまったせいです。僕の仕事はデスクワークではなくアトリエでキャンバスの前に立ったり座ったりしながら絵を描くだけで、身体を動かすのはこの瞬間だけです。絵を描かない時はアトリエのソファーに横たわって、極力頭を空っぽにすることに努めています。まあ横臥禅みたいなものです。そんなわけで足の筋肉は弱ったままです。身体的な動作以外には内科的にも色々ありまして、3年前には急性心筋梗塞でカテーテル手術を受けましたが一命を取り止めて無事生還しました。

 1月半ばというのに無風状態で春のような天気なのでこの原稿は、アトリエの近くの野川に面したビジターセンターのテラスのテーブルで暖かい陽光を浴びて半分眠りながら書いています。

 それにしても随分長生きしたものです。健康にいいことは何ひとつしていません。それを知ってか知らずか、朝食と夕食だけは妻がしっかり作ってくれています。絵を描く行為は一種のアスリートです。だから妻は一日中僕の食事のことばかりを考えてくれています。僕は子供の頃から肉が好物で、野菜と魚貝類が好きではなかったので結婚するまでは偏食気味でしたが、現在は好き嫌いのないバランスのいい食事を採っています。

 でも、まさか90代を経験するとは思ってもいませんでした。夫婦共に90代は珍しいのではないかと思います。長生きも才能のうちとか遺伝子のせいといいますが、これも運命なのかも知れません。運命とは自分ではどうすることもできない天命で、そうなるように計画されて生まれてくるのかも知れません。こうして天気のいい日に外でエッセイを書いているのも運命といえば運命ですかね。

 この連載のエッセイの初期に書いたものをまとめて、間もなく、『運命まかせ』という本が新潮新書として出版されますが、例によって運命まかせの生き方をしつこく述べています。

 それにしても人間の寿命はどのようにして決められるのですかね。生まれるのも死ぬのも運命が決めるのですかね。運命というのは本当に謎です。これだけは自分の意志では決められません。だから放っとくしかないというのが僕の結論です。

 90歳まで生きるつもりで生きてきたわけではありません。横尾家は別に長命の家系ではありません。実の両親も90代までは生きていません。親が長命でも、その子供は短命でもっと早く亡くなる場合もあります。すると遺伝も当てになりません。

 もし僕が長命の内に数えられるとすると、それは性格かな? と思うのですが、と考えると同年代の妻も僕と同じ性格かというと、全く違います。むしろ僕と反対の性格です。すると性格で寿命を判断するわけにはいきません。もうここから先きは神のみぞ知る世界です。

 といって長生きさえすればいいという問題でもなさそうです。要は生きた時間の内容ということになりますかね。長く生きてもつらい人生だったという人もいれば短命でも充実した満たされた人生だったと感謝して死ぬ人もいます。

 だけど一方では不老不死を目的にした科学も研究されています。人間の実体は肉体と精神と魂で構成されていますが、延命科学は肉体面にしか興味がありません。いくら延命したとしても肉体は生存期間が限定されています。精神も肉体の属性である以上、永遠ではありません。

 永遠に生存するのは結局魂だけです。魂は時間空間を超越して存在します。だから人間の本体は魂ということになります。だけどこの魂は中々実感できません。肉体のどの部分に魂が存在しているのかがわかりません。唯物的に考えると魂は存在しないことになるようです。だから長命とか短命とかの寿命が問題になって百歳時代だなんてアホなことを言っているのです。

横尾忠則(よこお・ただのり)
1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。第27回高松宮殿下記念世界文化賞。東京都名誉都民顕彰。日本芸術院会員。文化功労者。

週刊新潮 2026年2月19日号掲載

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