森香澄「給料10倍」は嘘かホントか 「令和のあざと女王」がテレ東退社後に独走する「したたかな戦略」

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実務的な安心感

 むしろ、自分のキャラクターが笑いの対象になることを受け入れている。この「自己プロデュース」と「自虐」のバランスが絶妙だからこそ、同性からの反発を受けにくく、男性にとっても親しみやすい存在になっている。

 そもそも、過剰に自分をかわいく見せるようなスタイルはすでに古臭いものになっていて、今のタレントがそのままやると痛々しく見えてしまう。森には冷静なバランス感覚と空気を読む力が備わっているので、その点で逸脱することがない。

 また、元アナウンサーとしての基礎能力も人気を下支えする要素である。話のテンポ、言葉の選び方、場を回す力などが安定しており、番組進行を妨げない。現在のバラエティ番組では、強烈な個性だけではなく、全体の流れを止めない技術が求められる。

 森の場合、見た目やキャラクターで注目を集めながらも、実務的な安心感を同時に提供できるため、制作側にとっても使いやすい存在になっている。女性アナウンサーがタレントとして成功するためには「華」と「安定感」の両立が不可欠だが、森はその条件を満たしている。

 さらに、SNS時代における距離感の設計も巧みである。完全に手の届かないスターになるわけではないが、かといって過度に身近でもない。この距離感は、フォロワーに疑似的な親近感を与えつつ、理想像としての魅力を損なわない。テレビだけでなくSNSを含めた総合的な自己ブランディングが成立している点は、現代的なタレントの条件を満たしていると言える。

 人気の安定感には、求められる女性タレント像の変化も関係している。かつては「好感度が高いこと」が絶対条件だったが、現在は多少の批判や賛否があっても、キャラクターが明確であることのほうが重要になっている。

 全方位から好かれるよりも、どういう人なのかというのがはっきりしている方が支持につながる。森の場合、「あざといが、それを自覚している」というわかりやすい軸があり、視聴者が安心して評価できる構造になっている。

 結果として、従来の女子アナ的な清潔感と、SNS時代の自己演出能力、そしてバラエティ適性を組み合わせた存在として成立している。かわいらしさを武器にしながらも、それを無自覚に振り回すのではなく、あくまで戦略として扱っている。そのしたたかさと軽やかさの共存こそが、彼女が現在のメディア環境の中で支持を集めている最大の理由なのだ。

ラリー遠田(らりー・とおだ)
1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務めた。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)など著書多数。

デイリー新潮編集部

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