「僕が無意識に要求していることをスーッとやってくれて…」 横尾忠則の“僕を立ててくれる”妻
僕の寝室の壁という壁に隙間なくビッシリと貼られた大谷翔平のポートレイト。ざっと数えると大谷は28点ありますが、他にイチロー、長嶋茂雄、藤井聡太、三島由紀夫、高倉健、藤純子、タカラジェンヌ、マリリン・モンロー、北斎、ゴジラ、龍、猫、骸骨もいる。まるで秘宝館です。
この間、妻が僕の寝室で倒れて、救急隊員がドヤドヤと部屋に入って来た時のこと。緊急事態にもかかわらず、部屋中にビッシリ貼られた過剰な大衆消費社会の産物であるアイコン(肖像)達に囲まれた中で、救急隊員が壁を見上げたり、倒れている妻を見下ろしたりしていました。その姿は外から見ればおかしかったと思いますが、僕はそれどころではなく、妻が死ぬのではと極度の不安の中で、ただただ呆然と立ちつくしているだけでした。
まあ、その緊急事態は病院の医師の素早い治療で妻は大事に至らず、このエッセイを書いている時点では退院の目処もつき、ホッと胸を撫で下ろして安堵の気持ちで一件落着しているわけですが、さて、もう一度、寝室のマンダラ世界に話を戻しましょう。この装飾過多な秘宝館でありサンクチュアリ(聖域)を演出したのは実は妻の創作行為であります。
なんでまあ、こんなに大谷がベタベタ貼られているのか、その真意については妻は一言も語ろうとはしません。妻は他人とはよく会話を交しますが、こと僕に対してはムカシから言葉数が非常に少ない人です。つまり余計なことは一切しゃべりません。また僕のように自己主張をしたり感情を表出するということも、少ない人です。黙して語らずという陰険なタイプではありませんが、いい意味で封建時代の日本の古風なタイプの女性なのかも知れません。夫の陰に廻って夫を立てるタイプの、隠徳を良しとする一種の内助の功的存在で、これは僕の母の父に対する態度をそのまま受け継いでいるかのようにも思えますが、そうであるようでそうでないかも知れません。
そんな風に考えて僕の装飾過多の寝室を見渡すと、そこに表出している妻の無言の感情は、僕へのオマージュのようにも思えます。このオマージュ行為は、僕の創造的内面をそのまま形にして表出させたのかも知れません。妻は僕がこうして語るようなメンドー臭いことは考えないで、なんとなく、こうすれば夫である僕の好みを再現でき、自分も楽しめると考えた結果の無心的な行為なのかも知れません。だから、この部屋は彼女の僕へのオマージュであり、一種の供養でもあるような気がします。
言葉や観念で表現する文学的行為ではなく、むしろ感覚的な芸術行為に近いものではないかと思います。そういう意味で彼女はいつも僕の先き廻りをして、多分僕が無意識に要求しているだろうと思うことを、ごく自然に隠徳行為としてスーッとやってくれます。以前にこの欄で書きましたが、その昔、神戸時代にデイトをするお金も持ち合わせていなかった僕に恥をかかせる前に、僕に相談することもなく、自分でサッと二人が共生共存できる部屋を借りて僕を安心させてくれました。
妻はこうした隠徳行為で、現在のわが家を見つけてくれたり、画家に転向した時、アトリエがないことを知って、町内で絵が描けるような部屋の所有者を捜して、僕に部屋を用意してくれたり、その後、早急にアトリエの建築に取りかかったり、僕の欲しい海外の有名作家の作品を積極的に購入して、僕が何の苦労もなく絵が描ける環境を次々と開拓してくれたものです。こうした隠徳行為によって、彼女は僕が安心して思う存分制作ができるようにスタンバイしてくれました。
僕はどちらかというと自分から積極的に運命を切り拓くタイプではなく、受動的に運命に従がうタイプですが、妻はむしろ僕と反対に積極的に運命を開拓していくタイプです。にもかかわらず、いつもスーッと僕の陰に隠れて僕を立てようとします。生まれつき養父母に猫可愛がりに可愛がられ、好き放題にわがままに育てられた僕を夫に持った妻は、まるで僕の養父母の遺伝子をそのまま受けついだかのように思えますが、元々の彼女の本性は社会に対して積極的に行動するタイプだと思うのですが、自分の目的というか幸せの追求はむしろ、自らが積極的に前面に出るのではなく、僕を全面的に押し上げることによって自分の運命を切り拓くタイプに変身したのではないかと思います。
似た者夫婦といわれますが、僕達は似てない夫婦だと思います。お互いが不思議な噛み合わせによって、似た者夫婦のように見えるかも知れません。もうお互いに90代まで生かされると、ほぼ夫婦に於ける目的というか役目が終ったように思えます。僕は画家なので画業が完成するまではまだまだ時間が必要で、死ぬ日まで未完の制作が続くと思います。僕はもう一度、生まれ代っても解決しない問題をかかえ込んでいますが、妻はそんな僕の生き方を見届ければ、その役目は終るのかも知れません。そんな風に夫婦の関係を見ていると、ベッドルームの大谷らの無数のアイコンが、やっぱり僕に対する供養なのかなと思ってしまうのです。


