歴史的大惨敗と歴史的大勝利の差はどこに 高市官邸が「中道にそこまで脅威を感じていなかった」理由

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内閣不信任案を出せない

 立民については仮に解散がなく通常国会が例年通りに開かれたとして、そこで内閣不信任案を出せないのではないかと見られていた。

「立民の代表だった野田佳彦氏は以前から“うまく行かない”というのが口癖で、党運営に不満を漏らし、立民が自民に取って代わる存在になり得ないという見方をしていました。安全保障や原発などの政策についてなかなかひとつにまとまることができていませんからね。不信任案を出して解散されてしまえば党勢は縮小してしまう可能性が高いため、不信任案の提出に二の足を踏むだろうということですね。中道が結成された今回の選挙では政権交代を訴えることができず、その点も物足りなさを感じさせました」(同)

 一方の公明は昨秋、26年にわたる自民との連立を解消。その影響が注目されていたが――。

「ざっくり言うと、支持母体・創価学会の会員は選挙に駆り出されるたびに意に沿わない候補を応援することに悲鳴をあげ続けていました。公明・学会の執行部はそれをなだめながら選挙活動に携わってもらい、連立政権を維持してきたのですが、説得も限界に達し、連立離脱ということになったわけです。高市氏が打ち出す政策を各学会員が真正面で受け止めて共に歩んでいく姿を学会の執行部が想像できなかったということでもあります」(同)

ブレーキ役の独りよがり

 中道の結成については石破前政権時代から水面下で動いていたとの報道もあった。

「『石破おろし』がなければ公明の連立離脱はなかったでしょうね。組織防衛のために連立離脱を決めたわけですが、野党に転じてどういうスタンスで与党と対峙するかハッキリできていませんでした。政策立案の面でも際立ったものを打ち出せず、そういった点は斉藤氏ら執行部の見通しの甘さ、アイディアのなさからくるものだと学会側から厳しく指摘されています」

 公明は自民のタカ派色の強い政策についてブレーキ役を担ってきたと常に胸を張ってきた。

「確かにそうですが、その独りよがりなところも否めず、“公明の主張には今の時代に見合ったリアリティがない”“ブレーキを踏むことでむしろ日本が戦争に巻き込まれる可能性が高まっているのではないか”などと苦々しく思っていた人たちは自民支持層だけではなく無党派層にもおり、特にそういった層を自民は今回うまく拾えていたと見ています。そこは学会の執行部が見誤ったところでしょう。自民はこれまでの公明・学会票が離反してもそれを大きく上回る票を別のところから持ってくることができたと言えると思います」(同) 行き先や見通しを見失った弱者連合では太刀打ちできる戦いではなかったのだろう。

デイリー新潮編集部

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