プロが絶賛する「対中国」外交での「絶妙な5文字」 安倍氏も気を配っていた「言葉の選び方」
国会答弁で日中関係悪化
高市早苗首相が電撃解散を実行して、総選挙に突入した理由については本人の説明以外に諸説ある。外交に関する事項としては、台湾有事を巡る国会答弁に端を発した日中関係の悪化も遠因として挙げられることがある。
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過半数ギリギリの与党では、諸外国から足元を見られる、強い外交を実現するためにはより安定的な政権基盤が必要だ、これもまた解散に踏み切った理由である、といった絵解きである。
こうした解説について、首相の対中外交姿勢を強く支持する層は、「そうだ、だから選挙に勝って中国に屈しない外交を続けてくれ」と受け止めるだろう。逆にその姿勢に疑問を抱く層は、「選挙で負けて首相が変わらないと日中関係は改善しない」と考え、実際にそうした意見を述べる向きも少なくない。
支持者にせよ、アンチにせよ、ある程度一致しているのは、問題の国会答弁が周到な計算に基づくものではなく、ある種、偶発的な産物だという見立てだろう。高市首相自身、野党の追及がしつこかったので、踏み込んだ答弁をした旨をのちに述べている。また、官僚が用意したペーパーからは逸脱した内容であったことも報じられている。
実際のところ、高市首相の答弁内容自体は大きな問題ではなく、中国があえて「問題化」している、というのも比較的日本国内ではコンセンサスを得ている見方である。支持者はこれを「結果オーライ」としているし、アンチは「国難だ」と非難している。
しかしながら、外交の場においては、ちょっとした物言い、言葉の選び方で事態が大きく変わることは珍しくない。
中国に対して堂々と物を言う姿勢だったことから「中国が最も恐れる男」と称され、著書『日中外交秘録 垂秀夫駐中国大使の闘い』がベストセラーとなっている前中国大使の垂秀夫(たるみひでお)氏と、安倍政権で外交ブレーンを担った兼原信克氏、二人の元外交官の対談をまとめた『中国共産党が語れない日中近現代史』の中には、その「言葉の選び方」の妙について語っているパートがある。
「基本的には」の深い意味
一つは日中国交回復時の台湾と中国に関する政府側答弁である。外相は大平正芳氏。当時のことを兼原氏はこう解説する。
「日本の国会では社会党が完全に中国側に立っているので、『台湾は中国のものだと言え』『台湾問題は中国の国内問題だと言え』とがんがんに(政府は)攻められる。そうなると日本もアメリカも台湾有事に介入できなくなる。
そこで、この問題に関する日中国交正常化後の政府統一見解は『中華人民共和国と台湾との間の対立の問題は、基本的には中国の国内問題であると考えます。わが国としてはこの問題が当事者間で平和的に解決されることを希望するものであり、かつこの問題が武力紛争に発展する可能性はないと考えております』(日中国交回復当時の大平正芳外相の国会答弁)というものになりました。
大平外相の使った『基本的には』という表現は栗山さん(注・尚一氏、当時条約課長、のちの外務次官)の入れ知恵ですが、台湾海峡問題が平和的に解決される限り、という意味であり、武力行使が行われればその時はもはや国内問題ではない、と栗山論文には明確に記されています(略)」
「基本的には」というたった5文字に込められた意味は極めて深く、重いと言う。これは垂氏も同じ考えで、以下のように語っている。
「現在の国会答弁は、チベット問題やウイグル(新疆)問題にしても、日本政府は同様の立場を踏襲していますね。たとえば『チベットは内政問題か』と問われたら、日本政府は『基本的には内政問題です』と答えるのです。この『基本的には』という言葉には、深刻な人権侵害があれば日本も関与しうる、という余地を残すロジックが込められていました。ところが、その意図が次第に忘れられ、今ではむしろ保守派から『なぜ内政問題なのか!』と反発を招くことがあります」
安倍総理の指令
もう一つ、兼原氏、垂氏両名が同様に対中外交の「言葉」の成功例として挙げるのが、第一次安倍政権時の「戦略的互恵関係」だ。垂氏は、当時、その広い対中情報網を評価され、事務次官の谷内正太郎氏から意見を聞かれることがあった。谷内氏は兼原氏同様、安倍外交のブレーンとして知られる。
垂氏は2006年7月、急に次官室に呼ばれて谷内氏にこう言われたという。
「今度安倍(官房長官)さんが総理になる。中国を重視するから、何か構想を考えてくれないか」
この「宿題」に関して同書で垂氏はこう振り返っている。
「当時、中国側は、日本との間で『戦略的』という言葉を使いたがっていました。日本はアメリカとの関係にしか用いていなかったため、この用語を取り入れることで中国を振り向かせられると考えたのです」
「『戦略的』という用語だけは決まっていて、その後をどうするかということで、『ウィンウィン関係にしたいが、中国語で良い表現はないか』と尋ねられた際、私は当時胡錦濤の対日政策の『十六字方針』に『互恵』という言葉があることを伝えました。すると、『では“戦略”と“互恵”を組み合わせればよいのではないか』と谷内次官と相談し、そこから『戦略的互恵関係』という用語が生まれたのです」
この提案を安倍総理もすぐに受け入れ、「戦略的互恵関係」は、その後の政権、そして高市総理も日中首脳会談で口にするキーワードとなったというわけである。タカ派のように評されることが多い安倍氏が外交において、強気一辺倒ではなく、かなり繊細に気を配っていたことも上の事例からはよくわかる。
政治家も官僚も、外交の場における言葉選びにプロとしていかに神経を使っているかを示す好例とも言えるだろう。










