「テレビ」一筋だったマツコが「Netflix」に進出した意味 ワクワク感を取り戻せるのか

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絶対的な憧れと好意

 マツコが今のテレビに対して厳しく、あきらめの感情と共にそこに向き合っているように見えるのは、自分が見て育ってきた古き良きテレビの世界に絶対的な憧れと好意を持っていたからだ。そんな強い思いがあるからこそ、コンプライアンスというお題目のもとに、言いたいことも言えなくなっている今のテレビに対して、人一倍もどかしさを感じているのだろう。

 そんなマツコがついに配信プラットフォームの世界に本格参入するというのは、それなりの覚悟の表れである。Netflixのような配信プラットフォームは、地上波に比べると縛りが少なく、実現できることの幅が広い。そのような環境であれば、マツコが昔のテレビに感じていたようなワクワク感を取り戻せるのかもしれない。

 今回の新番組を手がけるのは、過去にマツコの番組の制作にも携わっているメンバーだ。マツコ自身も、気心の知れたスタッフと組んで、万全の布陣で地上波よりも制限の少ない舞台で自由に暴れたいという思いがあるのだろう。

 地上波テレビの女王であるマツコ・デラックスが、Netflixという配信プラットフォームに降臨することの意味は大きい。地上波で活躍を見守ってきたファンにとって見逃せない番組になるのは間違いない。

ラリー遠田(らりー・とおだ)
1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務めた。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)など著書多数。

デイリー新潮編集部

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