「給食無償化」で日本人の美徳がアダに…「栄養教諭」は限られた予算に頭を抱え、「調理員」が厳しい待遇に耐え続ける“給食室の現実”

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質の高い給食の重要性

 藤本教授は「『給食は教育だ』という視点で給食無償化の施策をチェックすると、様々な疑問点が浮かぶはずです」と言う。

「1カ月5200円の予算内で給食を作れという圧力が発生する可能性は極めて高いと思います。しかしコスト意識を最優先にした給食では充分な教育効果は得られないでしょう。実は給食が授業の役に立つことはたくさんあります。例えば給食に使われている食材と、その産地を組み合わせれば社会の授業に応用できます。給食を残すことでフードロスを考えることもできるはずで、これは社会か道徳でしょう。給食で食べる野菜を紹介するなら理科、旬の概念は国語、という具合ですが、これも質の高い給食が提供されているからこそ授業の役に立つのです」

 藤本教授は給食無償化の実施により、給食を学校で作る「自校方式」が減少し、「センター方式」が増えるのではないかと懸念しているという。

「給食無償化は、これまで保護者が負担してきた食材費を国が支援するという制度設計です。給食を調理する現場の苦しい状況は全く改善されません。そして5200円という予算が原因で自校方式からセンター方式への切り替えが加速する可能性があると思います。センター方式だとコスト削減が期待できるからです」

フードロスの懸念

 ところが藤本教授によると、フードロスが発生する原因の一つに「誰が作ったのか分からない食事だから平気で残して捨てられる」という心理状態があるという。

 子供は親が調理した食事を残すのは悪いと考える。目の前で調理してくれる立食いそばでも同じ心理が消費者に働く。ところがコンビニやスーパーで大量販売されている弁当は作り手の顔が見えない。

「自校方式なら子供たちが給食室を見学できます。給食が作られる場所と栄養教諭や給食調理員の顔を知ることは大きな意味があるのです。ところがセンター方式だと学校の外で給食は調理され、学校にはトラックなどで運ばれます。大手チェーン店のセントラルキッチンと基本は同じですから、誰がメニューを考え、誰が作っているのか見えなくなってしまいます。子供たちが料理を作ってくれる人に感謝することを学ぶ機会が失われてしまうのです」(同・藤本教授)

 第3回【教師が児童のいじめ被害に気づく“意外なタイミング”…専門家が無償化によって“日本の給食文化”の崩壊を懸念する理由】では、給食無償化は保護者の無関心を生み、「タダより高いものはない」どころか「タダより怖いものはない」状況を生んでしまう危険性について詳細に報じている──。

デイリー新潮編集部

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