野球経験がないのに「縁故入団」も…1軍出場なしで終わった“幻の助っ人たち”

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“偉大な義父”のお蔭でプロ野球選手になれた

 縁故入団の形で、義理の父親と同じヤクルトに入団したのが、アレックス・ラミレス・ジュニアだ。

 2004年、ヤクルトの主砲・ラミレスは打率.305、31本塁打、110打点の好成績を残したが、ヤクルトとの残留交渉は難航した。ロッキーズからオファーを受け、国内の複数球団も獲得を検討するなど、メジャー復帰や他球団への移籍も選択肢にあるなか、ラミレスは最終的にヤクルトと3年契約を更新した。その際に契約の一環として夫人の連れ子のラミレス・ジュニアも投手としての3年契約で入団が決まる。主砲をチームにつなぎ留めるため、野球経験のない義理の息子を抱き合わせで入団させた形だ。

 ラミレス・ジュニアが義父とお揃いのスキンヘッドで「アイーン!」のポーズを取るツーショットを覚えているファンもいるかもしれない。

 右利きながら左でも投げられることから、左腕として登録されたが、ストレートは130キロに満たず、制球も定まらなかった。投手として使えなければ、右投げで二塁を守らせるプランもあったという。

 06年7月31日のイースタン、楽天戦、6点ビハインドの9回に4番手として公式戦デビューも、1死を取っただけで安打と四球などで2点を失い、同年は防御率54.00に終わった。翌07年は球速も130キロ超にアップ、8月8日の日本ハム戦と9月24日のロッテ戦にリリーフし、計2三振を奪ったが、登板わずか2試合でシーズン終了後、自由契約に。それでも、“偉大な義父”のお蔭でプロ野球選手になれたのは、幸運だったと言うべきかもしれない。

久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新著作は『死闘!激突!東都大学野球』(ビジネス社)。

デイリー新潮編集部

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