やす子の発言は本当に「暴言」か 世間が押し付ける「いい人キャラ」とネットニュースが煽る「炎上」の中身

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ギャップは笑いの基本

 その状況に拍車をかけたのがフワちゃんとの騒動である。フワちゃんがSNSでやす子に向かって暴言を吐いたことが問題になった。そのことでフワちゃんは厳しく批判され、活動自粛に追い込まれた。

 この騒動においては、明らかにフワちゃんに非がある状況だったため、被害を受けたやす子が「かわいそうな人」という扱いを受けることになった。そして、実態以上に善良な人間だと思われるようになってしまった。これは、芸人という立場においては、必ずしも良いことではなかったのかもしれない。

 そもそもお笑いの仕事でいい人だと思われても良いことはあまりない。芸人は世間の常識やルールをあえて裏切ったりすることで笑いを起こす。わざと過激なことを言ったり、人に噛みついたりするのも、基本的な笑いのテクニックである。

 しかし、根っからのいい人だと思われていると、そういうことをやったときに幻滅されたり、問題になったりする。そんな状況は芸人として健全であるとは言えない。やす子もこのジレンマに陥っている。

 しかも、いい人というのはイメージの話であり、他人がどう思うかでしかないので、本人がコントロールできるようなものでもない。テレビでやす子自身が「私はそんなにいい人じゃないです」というようなことを言っているのを目にしたこともあるが、それでも見る側の感覚は簡単には変わらない。

 ギャップは笑いの基本である。本来であれば、やす子のような優しそうな人が、ときに厳しいことを言うことでギャップの笑いが生まれる。実際にそれが成功している場面はたくさんある。でも、いい人キャラのイメージが強くなりすぎているせいで、彼女の暴言が時として過剰に反応されてしまうことがあるのだ。

 ただ、これは、彼女がマスコットキャラクターのような存在から、生身の人間へと生まれ変わるチャンスであるとも言える。今まではミッキーマウスやちいかわのような親しみを持たれていたからこそ、愛されていた。ここからは、少しずつ人間としての自我を出して、人として知ってもらうモードに入る。そうなれば、自然に彼女の暴言に違和感を持つ人も減るし、そういう発言をいちいちネットニュースで取り上げられたり、批判されたりすることもなくなるだろう。

 人間としてのやす子が本領を発揮するのはここからだ。

ラリー遠田(らりー・とおだ)
1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務めた。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)など著書多数。

デイリー新潮編集部

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