「大型契約」がムダになった…他球団に移籍して“株”を下げた助っ人列伝

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 今季は前阪神のデュプランティエがDeNA、昨季二桁勝利の前DeNA・ジャクソンがロッテに移籍するなど、日本でそこそこの実績を残した助っ人選手の他球団への移籍が相次いだ。日本の野球に適応できるとわかっている分、未知数の新外国人を獲得するよりリスクが少ないと言える。だが、過去には移籍後、別人のように成績を落とした助っ人たちも存在する(文中の金額はいずれも推定)。【久保田龍雄/ライター】

年俸が安くても要らない

 記憶に新しいのが、ヤクルトからソフトバンクに移籍したウラディミール・バレンティンだ。

 2013年にNPB歴代トップのシーズン60本塁打を記録するなど、ヤクルト在籍9年間で通算288発を放った“バレ砲”は19年のシーズン終了後、「残りの野球人生は数年。総合的に一番条件のいいチームに行く」と移籍をほのめかして、帰国の途についた。

 これに対し、ヤクルトも「他球団の話を聞きたいのが基本線であるのは変わらない」と保留名簿から外し、退団が確実となった。

 そして、同年12月16日、バレンティンは2年総額10億円でソフトバンクと契約する。「(日本に)9年間いて、その間に何回も優勝している。強いイメージしかない」という理由からだった。

 年齢は35歳ながら、ヤクルト最終年も33本塁打を記録し、10年目は日本人扱いになる。加えてパ・リーグはDH制とあって、新天地でも中心打者としてある程度の数字を残すと思われた。

 だが、翌20年は、6月19日の開幕戦(ロッテ戦)に4番DHで出場したものの、なかなか調子が上がらず、8月21日にコロナ禍で来日が遅れていたデスパイネの合流と入れ替わりに2軍落ちを味わうなど、打率.168、9本塁打という不本意な成績で終わった。

 9年間で優勝は1度だけのヤクルトに対し、常勝を義務づけられ、選手の意識も高く、競争も激しいソフトバンクのチーム環境になじめなかったことや、投手が一発を恐れずにインコースを厳しく攻めてくるパ・リーグの野球に適応できなかったことなどが負の連鎖をもたらしたようだ。

 翌21年も1軍出場わずか22試合、打率.182、4本塁打と2年続けて結果を出せず、戦力外に。本人は日本でのプレーを望んだが、古巣・ヤクルトからも「年俸が安くても要らない」とそっぽを向かれ、22年1月、自身のツイッターでNPBからの撤退を表明した。

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