早大卒アイドルの壮絶な反抗期「家の壁に穴を開けた」 “毒親”への反発、真っ白な髪で通学した大学時代と「救い」

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yosugala・汐見まといインタビュー

 4人組アイドル・yosugalaの一員である汐見まといの経歴は、かなり異色だ。「毒親」と自虐する家庭で育ち、アイドルを目指したきっかけは早大在学中のコンカフェ勤務。幼い頃の反動ともいえるような経歴を語った。(全3回の第2回)【大宮高史/ライター】

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 趣味は筋トレで、毎日1時間半を習慣づけてグラビアで肉体美も披露。カラコンにピアスは欠かさない。酒好きでライブになれば持ち前の歌唱力を発揮、と芸能活動が天職のような今とは正反対の、厳しい少女時代を送った。

「とにかく厳しい家庭で、ネットは1日1時間。中学受験で早稲田の系列校に入ったんですけど、受験もあって勉強、勉強と言われる毎日でした。でも反抗期もすごくて、家の壁に穴を開けたり、ドアも壊したりしました。毒親みたいに思っていましたし、あまりキラキラした幼少期ではなかったですね」

 インタビュー中の言葉選びや現状を俯瞰して語る姿勢には、論理的な知性もにじむ。

「本は好きでしたね。最初は児童文学でしたけど、大きくなってからは親の本棚を漁って読んでいました。福井晴敏さんの『終戦のローレライ』がすごく記憶に残っています。昔から海が好きだったせいもあるのかな。おじいちゃんっ子だったので、親戚の家にある本もよく読んでいました。恩田陸さんや辻村深月さんが好きで、よく借りていました」

 中高一貫校から内部進学で早稲田大学に進学。その頃は芸能への興味は微塵もなく、極めて現実的な人生観を持っていた。

「小さい頃はとにかくお金持ちになりたかったですね(笑)。いい大学からいい企業に入って、お金があれば人生の選択肢が広がって、自由に自分の手を広げられるなと思って。勉強も元々好きではなかったので、高校や大学で受験していたら早稲田には行けなかったと思います。だからやらされての受験だったけど、そこは親に感謝しています」

 そんな人生の設計図を一変させたのが、早稲田大学文化構想学部に在学中に始めたコンカフェ勤務。

「1年生の終わりにコロナが流行り始めるまで渋谷のダイニングバーでバイトしていたんですが、休業になって貯金も尽きてきて。友達に『割のいいバイトない?』って聞いてコンカフェを知りました」

 歌舞伎町のコンカフェで人気キャストになり、普通のアルバイトよりもかなり稼がせてもらった。

「当たり前のことですが、時間は守るし、新規のお客さんがきたら積極的に話しかけて、その人が好きな話題も覚えておくことです。自分を偽って合わないお客さんを増やそうとしても、続かないのはアイドルと同じですね」

 ピアスは校則に隠れて高校3年生から始め、コンカフェ嬢としては歌舞伎町らしく地雷系な雰囲気も持っていた。

「アングラなカルチャーにもハマってピアスも増やして。髪の毛を真っ白にして、腕と首がつながったチョーカー(ネックレスの一種)をつけて大学に通っていました。でも、大学では誰も気にしなかったし、いい環境でした」

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