「“脚フェチ”っているんだ、とびっくり…」ズムサタ出演で美脚という武器を見つけた “美しすぎるラジオDJ”が振り返るダメ出し地獄のポンコツ時代
グラビア評論家の徳重龍徳が、2026年にグラビアでの活躍が期待される美女たちを紹介する年始企画。今回取材したのは昨年、雑誌グラビアで活躍し〝美しすぎるラジオDJ〟と呼ばれる山崎あみ。雑誌では170センチの高身長を活かしクールなグラビアを見せているが、中身は正反対の明るすぎるキャラクター。前編ではモデル時代の苦労などをざっくばらんに話してくれた。
【写真20枚】世の“脚フェチ”たちを納得させた山崎あみの美脚 ふとしたポーズで際立つ全身ショット
――山崎さんは多岐にわたって活動していますが、肩書って何になるんですか?
山崎:肩書はちょっと今、行方不明で(笑)。担当していたラジオ番組自体は終わってしまっているので、ヤフコメでは「番組終わったならただのグラドルじゃねえか」とコメントがつくんですよ(苦笑)。
――もともとは音楽をずっとやられていたそうですね。
山崎:ピアノは2歳からやっていて、叔母は声楽家です。ただ音楽の道では思ったように成長できなくて。心が折れかけた時に映画「のだめカンタービレ」に出会って、コメディ女優になりたいなと思ったんです。そんな時、兄に「お前、杏さんに似てるから杏さんの事務所のオーディションを受けてみたら?」と勧められて、私も当時は本当に無知だったので「なんか、いけるんじゃ?」と思って、トップコートのオーディションを受けました(笑)。
――ポジティブですね。
山崎:当時は美容に全く興味がなくて。トリートメントもしてなかったんですよ。もう前髪もクシが通らないくらいで。家族からも「そんなんじゃ絶対無理だよ」って言われていたくらいでした。
オーディションでも「特技なんですか?」と聞かれて、ニワトリや平泉成さんのモノマネをやったんですよ。それが刺さったのかモデル賞をいただきました。
――原石として光っていたのでしょうね。ただ志望動機はコメディ女優になる、でした。モデルをやるとなってどう思ったんですか。
山崎:モデルになれるとも思っていなかったし、まさかの展開でした。しかも1回目の撮影が事務所の先輩の佐々木希さんと2人だったんですよ。佐々木希さんは綺麗すぎて。でも私はというと髪はボサボサ(笑)。トリートメントしたことない女の子と、佐々木希さんが同じ誌面に並んだんですよ。
――ファッションにほぼ興味のない人間がファッションモデルになるって大変ですよね。
山崎:そうなんですよ。もう何もわからなくて。とにかく「服がダサい」と言われ続けてました。
ズムサタで発見した「武器」
――モデル業をやってみてどうでしたか。
山崎:いや、本当に難しかったですね。でも、周りの先輩がすっごく優しくて。一緒に「同じタイミングで脚出そうね」とか教えてくださって、ありがたかったです。ただ自分はビジュアル担当だとは思っていないので、呼んでいただくたびに申し訳ない気持ちがありました。
――山崎さんといえば「ズームイン!!サタデー」(以下ズムサタ)でお天気キャスターも務めていました。
山崎:ズムサタは芸能の仕事を始めてすぐにいただいたお仕事で、7年ぐらいやらせていただいていました。ズムサタもいろいろとご迷惑をかけてしまいましたね。お天気とロケ担当だったんですが、名古屋のことを長野と言っちゃったり(笑)。
――アナウンサーだったらめちゃくちゃ怒られますね(笑)。
山崎:本当にそう思います。お天気キャスターになったことでファンの方はすごく増えて、特に「脚」を褒められることが増えたんです。
それでミニスカートだったり脚を出すことが増えたんですけど、お天気を読んでいるところが無断でYouTubeに挙げられて200万再生とか言っていたんです。
私の脚についてのコメントがいっぱいついていたらしくて、世の中には「脚フェチ」という人たちがいるんだとびっくりしました。でも、武器になるんだったら使っておこうと、ほぼ脚を出す衣装を選んでましたね。
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