「中学生でもわかる」ニュース革命と“大誤報”の代償…久米宏さんが築いた一時代と、今なお語り継がれる「功罪」
常識覆す革新的な番組
フリーアナウンサーの久米宏氏が肺がんのため81歳で亡くなった。「ぴったしカン・カン」「ザ・ベストテン」「ニュースステーション」など、数々の人気番組に出演して、一時代を築いていた久米氏の訃報に悲しみの声が広がっている。【ラリー遠田/お笑い評論家】
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彼自身や彼が手がけた番組に対して、個人的な感想や思い出話をSNSに投稿する人がたくさん見受けられた。その中身は必ずしも称賛一色ではなく、彼に対する厳しい意見もあった。その中の多くは彼がメインキャスターを務めた「ニュースステーション」に対する批判だった。そこで誤った情報を世間に広めてしまったことが何度かあり、その罪は大きいというのが主な主張だった。
そもそも「ニュースステーション」とはどういう番組だったのか、その功罪について改めて振り返ってみることにする。
1985年に始まった「ニュースステーション」がテレビ界の常識を覆す革新的な番組だったのは間違いない。それまでに数々のヒット番組に携わってきた久米氏は、当時レギュラー出演していた「久米宏のTVスクランブル」のスタッフと共に、新しいニュース番組の企画について話し合いを重ねていた。その中で徐々にアイデアが固まっていった。
「ニュースステーション」では、テレビ局の報道部と外部の制作会社が制作に携わることになった。これはテレビの歴史上初めてのことだった。同じテレビ番組とはいえ、報道番組とバラエティ番組は作り方が全く違う。そこにいるスタッフの考え方も異なっている。報道番組はテレビ局の報道部だけで作るというのが常識になっていた。
しかし、「ニュースステーション」では外部の制作会社が制作に携わることになった。当然、最初はさまざまな軋轢が生まれた。番組が始まった当初は進行上のミスも多く、現場が上手く回っていなかった。バラエティ番組ばかりが並ぶプライムタイムと呼ばれる時間帯に本格的なニュース番組を始めるというのも画期的な試みだったのだが、視聴者の習慣を変えるのは容易なことではなく、開始当初はなかなか視聴率が伸びなかった。
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