“テレビ出身の政治家”は「高市首相」と「小池都知事」が最後か…オールドメディア批判の煽りを受けた“タレント議員”の変質

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 第1回【「高市首相」と「小池都知事」を育んだ“テレビ黄金時代” レギュラー出演者が次々と“政界入り”を果たした“伝説の深夜番組”とは】からの続き──。なぜ小池百合子・東京都知事(73)と高市早苗首相(64)は“ガラスの天井”を破ることができたのか。経済ジャーナリストの志村昌彦氏は80年代と90年代に全盛期を迎えた“テレビ文化”の影響を指摘する。(全2回の第2回)

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 テレビ出演で知名度を高めれば、選挙戦では非常に有利となる──この事実から“タレント議員”という言葉が生まれたのはご存知の通りだ。

 ところが“タレント議員”は90年代を境に“変質”を遂げたという。志村氏が注目するのは、歴代の東京都知事だ。

 1947年に就任した初代の安井誠一郎氏から、1995年に退任した鈴木俊一氏まで4人の都知事の経歴を調べてみると、元内務省の官僚が2人、元大学教授が2人という結果になる。

 ところが鈴木氏の次に知事となった青島幸男氏、石原慎太郎氏、猪瀬直樹氏、舛添要一氏、小池百合子氏という5人の都知事の経歴を調べてみると、「生粋のテレビタレントではないにしても、テレビ出演で知名度を上げた」という共通点があることに気づく。

「“タレント議員”の歴史で注目すべきは1974年の参議院選挙です。当時の首相だった田中角栄さんは内閣支持率の低下に苦しんでいました。物価や地価などの高騰に有権者が強い不満を持っていたからです。逆風を打開して参院選に勝利しようと、角栄さんはテレビタレントに注目します。今でいうバラエティ番組の司会で人気のあったNHKアナウンサーの宮田輝さん、俳優でフジテレビ『3時のあなた』の司会を務めた山口淑子さん、同じく俳優の山東昭子さんなどを擁立しました。3人とも広義の“テレビタレント”に含めて問題はないでしょう」(同・志村氏)

“文化人”の勃興

 当時のテレビはNHKも含め、今ほど報道・情報番組は少なかった。ブラウン管で人気を博した出演者は俳優や歌手などの芸能人が中心であり、その芸能人が国政選挙に当選したことが“タレント議員”という言葉を誕生させた。

「私は日本人の意識が大きく転換した重要な節目の一つに、1983年にアメリカのウィリアムズバーグで開催されたサミットが挙げられると考えています。この時に撮影された各国首脳の記念写真で、アメリカのロナルド・レーガン大統領の横に中曽根康弘首相が立ったのです。中曽根さんが半ば強引に割って入ったという話もあります(笑)。あの写真を見て日本人は『日本の国際的地位が上昇した』と実感して自信を持ったのです。この自信は回り回ってテレビの世界にも大きな影響を与えたと思います。例えば久米宏さんの『ニュースステーション』が始まったのは1985年で、NHKの独壇場だったニュース番組に民放キー局も参入したわけです。ワイドショーや情報番組も人気を集め、活字だけでなくテレビも“文化”を担える媒体に成長したことを見せつけました。そのため作家や評論家、学者などが“文化人”としてテレビ出演することが日常となったのです」(同・志村氏)

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