“シャブ玉”5万錠に“アヘン”10キロ…「イラン人グループ」が違法薬物を“大量密造”の衝撃 「上野公園で変造テレカを売っていたイラン人とは比べ物にならない」

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「はい、これ。またね!」

 当時、イラン人グループが扱っていた薬物は、エス(覚醒剤)、マリファナ、チョコ(大麻樹脂)、コカインなど多種多様で、価格は1袋1万円が一般的だった。彼らはビジネスに徹しており、配達の際は、どれほど酷い雨風のなかでも時間厳守。指定された取引に遅れることはまず無い。言葉遣いは片言の日本語ながら優しくフレンドリーで、“5袋買えば1袋おまけ”をするなど、サービス精神も旺盛だ。

 そんなイラン人の売人のもとを、若い男女やサラリーマン、OLあるいは帽子にサングラス姿の著名人までもがひっきりなしに、それも単独で訪ねていた。長年、薬物捜査に携わってきた我々は、そうした客層に違和感を覚えたものだ。

 当時、マトリが検挙した若者たちは概ね次のように供述していた。

「イラン人はたどたどしい日本語で優しい。どんなドラッグでも持っていて、“はい、これ。またね!”という感じ。“今日は僕の誕生日なんだ”と伝えたら、ひとつプレゼントしてくらたこともあった。彼女にフラれたばかりの友達も“それはカワイソウね”と言ってオマケしてもらったみたい。逮捕されて警察に“イラン人から買った”と白状しても彼らから報復されることはない。女の子1人でも安心して買いに行けるんだ。彼らはとても紳士なんだ」

 10代の若者であってもイラン人は快く薬物を売ってくれるし後腐れもない。背後に暴力団組織の影が見え隠れする売人から薬物を買う、かつての密売スタイルは、買い手側の心理的なハードルが高かった。それがイラン人グループの参入によって様変わりしたのだ。

 だが、その弊害は甚大だった。1990年に38人だった薬物事犯における未成年者の検挙数は、97年には262人へと急増した。言うまでもなくイラン人組織が薬物を蔓延させた結果だ。この時期から捜査現場で覚醒剤に加えて、大麻やMDMA、コカインといった薬物も頻繁に押収されるようになった。いわば、「多剤乱用」の始まりで、これもイラン人組織の急増によるところが大きい。彼らのせいで若者のドラッグに対する危機意識は低下し、多剤乱用が顕著になったことは間違いないと断言できる。

 第2回【90年代に変造テレカや違法薬物を売る“イラン人グループ”が公園を埋め尽くした理由…最高視聴率62.9%「日本の国民的ドラマ」がイランで大ヒットした影響も】では、90年代に多くのイラン人が日本を出稼ぎ先に選んだ、知られざる理由を紹介している。

瀬戸晴海(せと はるうみ)
元厚生労働省麻薬取締部部長。1956年、福岡県生まれ。明治薬科大学薬学部卒。80年に厚生省麻薬取締官事務所(当時)に採用。九州部長などを歴任し、2014年に関東信越厚生局麻薬取締部部長に就任。18年3月に退官。現在は、国際麻薬情報フォーラムで薬物問題の調査研究に従事している。著書に『マトリ 厚生労働省麻薬取締官』、『スマホで薬物を買う子どもたち』(ともに新潮新書)、『ナルコスの戦後史 ドラッグが繋ぐ金と暴力の世界地図』(講談社+α新書)など。

デイリー新潮編集部

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