「5キロの肉をあっという間に…」「口が悪いのは照れの裏返し」 ジャンボ尾崎さんの“豪快と繊細”【追悼】
日本のゴルフ人気をけん引してきたレジェンドは、ひっそりと旅立っていった。通算94勝に賞金王12度獲得は、共に国内男子ツアー最多である。そんな「ジャンボ」こと尾崎将司さん(享年78)との在りし日の思い出を、倉本昌弘氏(70)が回想する。
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死に顔は穏やかそのもの
先月23日に亡くなったジャンボさんの訃報は翌日、長男の智春氏(54)によってもたらされた。
「約1年前にS状結腸がんと診断され、その後はジャンボ本人の強い意志で自宅療養を続けてきたといいます。葬儀は故人の遺志で近親者のみで執り行われ、後日、お別れの会が予定されています」(スポーツ紙記者)
智春氏によれば、
「千葉の自宅で父をみとったのは、生前お世話をしてくれた二人のマネジャーと、私の息子の三人。私はちょうど家の外に出ていて、最期の瞬間には立ち会えなかったのですが……」
とのことで、
「死に顔は穏やかそのもので、天国へ導かれたような素晴らしい表情を浮かべていました。身内だけで荼毘(だび)に付し、『喉仏』も骨壺に納まっています。納骨は来月、父の郷里の徳島にある墓で予定しています」
不世出のゴルファーは、多くの後進にも影響を与えてきた。現在、日本プロゴルフ協会相談役でもある「ポパイ」こと倉本氏によれば、
「私が大学を卒業する頃だったか、ジャンボさんの自宅で行われた合宿に参加させてもらったことがあります。その時、ジャンボさんの衣装室のような部屋をあてがわれました。最初に目に入ったのは、大量のゴルフウェアとズボンで、きちんと段ボール数箱に分けられていたのです。あまりに多かったので驚いて“これは何ですか”と尋ねたら“みんな俺が着たウェアだ”と言っていました」
5キロの肉をあっという間に……
倉本氏は1981年にプロテストに合格。その際、
「私の実家は広島で料理屋を営んでいて、そこにジャンボさんをはじめ弟のジェットさん(尾崎健夫)やスタッフの方を招待したことがありました。総勢5名で、ジャンボさんの好きな肉料理でもてなしたのですが、5キロ用意した肉があっという間になくなってしまい、あわてて買い足したのを覚えています」
ところが、
「後日、ジャンボさんが唐突に『この前、クラのところで食わせてもらったフグ、うまかったよな』と言うのです。『いえいえ、夏でしたし召し上がったのは肉ですよ』と答えたら、『あれ、そうだったか、ふーん』と、首をかしげていましたね」
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