「麻生副総裁の立腹は相当なもの」 高市首相が仕掛けた“奇襲解散”に党幹部から反発が起きている理由

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2度の解散を仕掛けた過去

 かように、自民党幹事長さえも虚を衝(つ)かれた読売の「解散検討」報道。永田町では、その情報の発信源を巡って“犯人”捜しが行われた。ネタ元だとささやかれているのが、今井尚哉(たかや)内閣官房参与(67)である。

 政治部デスクが言う。

「読売の官邸キャップは第2次安倍政権の時代、首相秘書官だった今井氏の番記者でした。当時から、彼は安倍首相と読売上層部の宴会の席に今井氏のカウンターパートとして同席するなど、今井氏の覚えがめでたかった。今回、今井氏は経産省の後輩である佐伯(さいき)耕三内閣広報官を通じて、旧知の官邸キャップに解散情報をリークしたといわれています」

 政府関係者が打ち明ける。

「官邸内でも、事前に解散情報に接することができたのはごく限られた人間でした。今井氏と佐伯氏のほかには、首相執務室への出入りが許されている木原稔官房長官(56)と飯田祐二秘書官(62)くらい。二人の官房副長官も蚊帳の外でした」

 今井氏は安倍政権でも政務担当の首相秘書官として、2度の解散を仕掛けた過去がある。

「2014年の消費増税再延期を理由とした“アベノミクス解散”、次に17年の北朝鮮情勢の緊迫化を背景にした“国難突破解散”に大きく関与しました。いずれも当時は大義なき“奇襲”と報じられましたが、自民党は大勝し、長期政権の礎となった。今回、今井氏はその再現をもくろんだのかもしれません。もっとも、今井氏は3月末までの年度内に26年度の予算案を成立させるため、もっと早いタイミングでの解散を高市首相には進言していたようです」(同)

高市首相が解散を急いだ理由

 政治ジャーナリストの青山和弘氏も、こう指摘する。

「通常国会の冒頭で解散するのであれば、国会の召集日は1月23日ではなく、もっと早めるべきでした。実際、昨年末から“解散するなら、少なくとも1月16日までには国会を召集すべきだ”という声が、総理周辺から上がっていました。仮に16日に召集し、冒頭で解散に踏み切っていれば、理論上は2月1日の投開票も可能でした」

 選挙を経ても2月上旬に国会を召集すれば年度内、つまり3月中の予算成立も不可能ではなかったというのだ。

「しかし目下、投開票日は2月8日、あるいは15日とみられている。年度内の予算成立は見込み薄で、暫定予算はほぼ避けられません。高市首相は国会の召集日を1月23日に決定した時点では、冒頭解散に踏み切るつもりはなかったとみられます」(同)

 ではなぜ、高市首相は年明け突然の解散に傾いたのか。

 先のデスクが言う。

「高市首相を巡っては、宗教団体を隠れみのにした高額献金疑惑に加え、企業から政治資金規正法の上限を超える献金を受けていた問題が指摘されています。さらに年明けには、中国がレアアースの輸出規制も強化しました。先行き支持率が下ブレする材料ばかりで、解散を急ぐ必要があった。完全に“個利個略”ですよ」

 党内外に根回しをせぬまま読売に情報をリークし、解散への流れを既成事実化する動きには強い反発が起きた。

「萩生田氏は1月7日のネット番組で“解散は通常国会の会期中ではなく、来年の総裁選前に行うべき”との考えを示したばかり。高市首相に恥をかかされた格好で、周囲に怒りをぶちまけているそうです。温厚な人柄で知られる鈴木氏も同様で、高市首相の身勝手な振る舞いに激怒して、辞意を漏らしているという話も流れています」(前出の政府関係者)

 今回、高市首相は、政権の「生みの親」である麻生氏にも解散の考えを伝えていなかったという。

「麻生氏の地元・福岡に本社を置く西日本新聞は11日、麻生氏が〈「(解散は)ないでしょうね」と一蹴〉したと報じています。そもそも、麻生氏は国民民主党を連立政権に迎えて、政権の枠組みを拡大しようと水面下で動いてきました。麻生氏の努力も水泡に帰した形です。ご立腹の度合いは相当なものですよ」(前出のデスク)

週刊新潮 2026年1月22日号掲載

特集「孤高の高市首相 強引すぎる“奇襲”解散」より

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