久米宏さんはなぜ「Nステ」を降板したのか 早大時代の闘争については「間違いです」

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反権威の人

 2008年、久米さんにインタビューをする機会を得た。場所はTBSラジオ。2006年から20年まで放送された「久米宏 ラジオなんですけど」のスタジオである。

 久米さんくらいの大物になると、インタビューの前に質問内容の提出を求められることが珍しくないが、そういった制約は一切なかった。久米さんは自分も取材者だから、こちらに不自由がないよう考えてくれたのだろう。フェアな人だった。

 話は番組のことから日常生活のことまで多岐にわたった。やがて久米さんが広島カープのファンになった理由についての話になった。

 久米さんは広島ファンであることを「Nステ」などで公言していたが、生まれは埼玉県浦和市(現さいたま市)。なぜ、広島ファンだったのか。

「林(美雄)のせいなんですよ。僕はどこのファンでもなかったんですが、あいつがアナウンス部で贔屓の広島の勝ち負けで大騒ぎしているから、こっちまで広島が気になるようになったんです」(久米さん)

 2002年に他界した林さんは久米さんとTBSの同期。TBSラジオの深夜放送「パックインミュージック」の人気パーソナリティの1人だった。大学はともに早稲田大。どちらも麻雀が好きだったという共通点もある。2人はTBSの同期の中でも特に親しかった。

 林さんは東京都江東区出身。やはり広島とは縁がなかった。なぜ、広島ファンになったのか。1975年のセ・リーグ初優勝の前で弱小球団だったころである。そもそも2人はどうして親しくなったのか? それは2人がともに権威嫌いだったのが大きい。

 林さんは「パック」で、他局がかけないマイナーなアーチストの曲ばかり流し続けた。無名時代のRCサクセションなどである。邦画の紹介もしたが、メジャー系の作品は一切扱わなかった。

 久米さんはプロ野球界が再編問題で揺れていた2004年、ニッポン放送の特別番組「久米宏と1日まるごと有楽町放送局」で、巨人軍前オーナーで実質的な支配者だった故・渡辺恒雄さんを辛辣に批判した。「早く引っ込んだほうがいい」。こうも言った。

「(プロ野球の)経営者は完全に間違っている。チームを自分のものだと思っている。野球は文化なんだから、社会のものだ」

 当時の渡辺氏は読売新聞グループ本社代表取締役主筆で、マスコミ界の最高権力者と呼ばれていた。これ以上ない権威だった。それでも久米さんは平然と意見した。広島ファンなのは久米さんと林さんの権威嫌いの表れでもあった。

 ちなみに久米さんと親しかった人の中に、もう1人、広島ファンがいる。2008年に他界したTBS「筑紫哲也のNEWS23」(1989年)のキャスター・筑紫哲也さんである。大分県日田郡小野村(現日田市)出身。でやはり広島と縁がないが、反権威の人だった。久米さんと筑紫さんは顔を合わせるたび、広島の話で盛り上がったという。

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