「シモの世話」までした夫が“裏切りの不倫”、息子は「事故死」「自死」を遂げ…「淡路恵子さん」13回忌 本人が語っていた「激動人生」の一部始終

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感謝している

 騒動のさなか、沈黙を守り続けた後輩女優とは対照的に、淡路さんは進んでメディアに登場、思いの丈を吐露していた。曰く、“二人がかりでコケにして許せない。酔って楽しいだけの女を選んだ”“恨みつらみで明け方まで眠れず、体重が何キロも落ちた”等々。

 1986年末には離婚届にサインし、90年、錦之介は当該の女優と再婚を果たすものの、97年3月に肺炎で死去。葬儀で喪主を務めた後輩女優と、参列した淡路さんが言葉を交わすことはなかったが、“(彼女には)ご苦労さまでした、と言いたい”との談話を残していた。「最後のインタビュー」でも、

〈4人の子どもを連れて、私は飛び出しました。お金のない彼からは慰謝料など取れず、約束した養育費も払ってくれませんでした。でも、ものは考えようで、あの時、彼があちら側へ行ってしまったことで、私は女優に戻れた。それには感謝しているのです〉

あなたも入れてあげる

 が、離婚後、淡路さんは“萬屋の血”を継ぐ者を相次いで喪った。1990年には三男がオートバイで事故死(享年22)。そして2010年には、四男が36歳で自死を遂げている。

〈悪戦苦闘、七転八倒の人生でしたが、自分はつくづく生かされていると思います。神様が連れに来てくれるまでは穏やかに過ごせるのですから。毎朝、顔を洗ったあとで私の父母、2人の息子、そして錦ちゃんの5人の戒名に向かって“おはよう”と声を掛け、お水とお花を供えています。最初は錦ちゃんをどうしようかと考えましたが、息子たちのお父さんであるのは変わりないし、“あなたも入れてあげる”と決めたのです〉

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 以上が淡路恵子、波乱万丈の人生である。

 追記すると、その激動の余波は没後10年以上経った今も続いたままだ。彼女の死後、遺産はわずかである一方、多額の「負債」が遺された。「デイリー新潮」では、昨年、長男・島英津夫さんのインタビューを行い、その苦境を記事にしている。それが関連記事「遺産はわずかで、未払い入院費「1300万円」が残され…「淡路恵子」没後10年の「負債」と訴訟トラブルを、長男・島英津夫さんが初めて明かす」「収入が途絶え、亡き母の墓所を手放し…「淡路恵子」長男・島英津夫さんが告白した、没後10年の“地獄”と再生」だ。淡路さんの末期の生活を巡って争われた訴訟とは。そして彼女の墓所はどうなったのか――。

 また、本記事【前編】では、結婚、離婚、再婚と夫・萬屋錦之介のプロダクション倒産、そして萬屋の難病発症と、淡路さんの献身的な看病生活までを詳述している。

デイリー新潮編集部

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