中年男性の悩みと孤独を等身大でぶつけた4分間の衝撃 ドンデコルテがM-1で示した「演説系漫才」の新境地
情けなくて格好がつかない
また、彼らの「演説系漫才」は「M-1」という晴れの舞台にも似つかわしいものだった。世間的にはほぼ無名に近い状態だった彼らは、「M-1」の決勝の舞台で、短時間で自分たちの思想やスタイルを伝えなければいけない。ドンデコルテはその状況を正面から引き受けて、観客に向かって熱っぽく語りかける姿勢を見せた。観客を笑わせようと下手に出て媚びるのではなく、「自分はこう考えている」と力強く言い切る。その独自の漫才スタイルが人々の記憶に焼き付くことになった。
さらに重要なのは、漫才の中で渡辺が主張していることが完全な正論ではなく、どこかいびつさや弱さを含んでいる点である。語りの内容はもっともらしいが、どうにも情けなくて格好がつかない。だからこそ、観客は上から目線で説教されているというイメージを抱くことはなく、不器用な人間が必死に言葉を絞り出している姿を見ている感覚になる。その自己矛盾こそが笑いにつながる決定的な要素であり、ただの「演説」に終わらなかった理由である。
ドンデコルテの演説系漫才が評価された背景には、そのスタイルが現代社会を生きる人々の共感を呼んだことにある。格差、貧困、中年の悩み、社会からの疎外感といったテーマを笑いに昇華させる手法は、お笑いの新しい可能性を示している。等身大の自分の思いを笑いにしてぶつけたことで、彼らは「M-1」の歴史にその名を刻んだのである。
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