中年男性の悩みと孤独を等身大でぶつけた4分間の衝撃 ドンデコルテがM-1で示した「演説系漫才」の新境地

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情けなくて格好がつかない

 また、彼らの「演説系漫才」は「M-1」という晴れの舞台にも似つかわしいものだった。世間的にはほぼ無名に近い状態だった彼らは、「M-1」の決勝の舞台で、短時間で自分たちの思想やスタイルを伝えなければいけない。ドンデコルテはその状況を正面から引き受けて、観客に向かって熱っぽく語りかける姿勢を見せた。観客を笑わせようと下手に出て媚びるのではなく、「自分はこう考えている」と力強く言い切る。その独自の漫才スタイルが人々の記憶に焼き付くことになった。

 さらに重要なのは、漫才の中で渡辺が主張していることが完全な正論ではなく、どこかいびつさや弱さを含んでいる点である。語りの内容はもっともらしいが、どうにも情けなくて格好がつかない。だからこそ、観客は上から目線で説教されているというイメージを抱くことはなく、不器用な人間が必死に言葉を絞り出している姿を見ている感覚になる。その自己矛盾こそが笑いにつながる決定的な要素であり、ただの「演説」に終わらなかった理由である。

 ドンデコルテの演説系漫才が評価された背景には、そのスタイルが現代社会を生きる人々の共感を呼んだことにある。格差、貧困、中年の悩み、社会からの疎外感といったテーマを笑いに昇華させる手法は、お笑いの新しい可能性を示している。等身大の自分の思いを笑いにしてぶつけたことで、彼らは「M-1」の歴史にその名を刻んだのである。

ラリー遠田(らりー・とおだ)
1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務めた。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)など著書多数。

デイリー新潮編集部

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