東都3部「上智大」から初のプロ入り! 西武「正木悠馬」が明かす大学入学まで“変化球をほとんど投げられなかった投手”がプロ注目の右腕に変貌を遂げた理由

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 埼玉西武ライオンズから育成6位指名を受けた正木悠馬(まさき・ゆうま)投手は、アメリカ・ワシントン州にある公立高校を卒業した後に、上智大学の経済学部に進学。そこから本格的に投手の練習を始め、同大学としては初のドラフト指名選手となった。最速153キロの速球投手は、4年間でどのように実力を磨いたのか。東都3部からプロ入りの夢を掴んだ正木投手の大学時代に迫った。(全2回のうち第2回)【取材・文=白鳥純一】

最初は野球をやるかどうかもわからなかった

 西海岸最北端にあるワシントン州のレドモンド高校を経て、海外就学経験者(帰国生)入学試験で上智大学経済学部に入学した正木投手だが、当初はプロ野球選手を目指すどころか、野球部に入ることすらも決めていないような状況だったそう。

 だが、「ブランクがある選手や未経験者も在籍し、興味のあるポジションに挑戦できる環境が整っていたことや、学生主体で競技に取り組む雰囲気が性に合ったこと」から、野球部への入部を決めると、これまでほぼ経験のなかった投手として、練習に打ち込むこととなった。

「高校までは野手としてプレーすることがほとんどだったので、それまでブルペンに入った経験はなく、変化球もほとんど投げられませんでした」

 入部当初は東都3部で、1年の秋には4部降格を味わった野球部で、ほぼ0の状態から投手としてのキャリアを歩み始めた正木投手は、3人いる同期の投手たちの力を借りながら、キャッチボールをひたすら繰り返した。

 さらに「先輩のユエン凱投手(今季は独立BC・福島レッドホープスでプレーし引退表明)に倣って取り入れた」自身の投球を動画で撮影し、気になった点を直していく練習を続けていくうちに、1年生の秋には球速が140キロに到達。

「その時に味わった目標を達成出来た嬉しさや、自分が成長していく手応え」は、速いボールに対する執着心を日に日に強くしていった。

 また他方では、前田健太投手(東北楽天)のYouTube動画など参考にしながら、のちに自身の代名詞となるスライダーを習得。

「何度も動画を確認しながら、試行錯誤を重ねて磨いた」という変化球は、現在実戦で使っているものとは握り方が異なるそうだが、真摯に野球と向き合う中で自分らしさを磨き、投手としての基礎を作り上げていった。

 シーズンオフの冬場にも走り込みや坂道ダッシュを欠かさず、理想の投球フォームを追い求め続けた正木投手は、2年春リーグ戦で、8試合に登板して5勝をマーク。安定した投球で最優秀防御率(防0.78)とベストナインのタイトルを獲得し、チームも4部優勝を成し遂げた。

 チームの中心選手となった正木投手は、その後の行われた3部・一橋大学との入れ替え戦にも、先発のマウンドに上がった。

「もちろんプレッシャーはありましたけど、神宮のマウンドで投げられる嬉しさや、緊張感のある中で試合ができる喜びを感じながら臨んだ」と振り返る大一番では、自己最速の145キロを計測。思うように制球が定まらずに、4回途中4失点とほろ苦い結果に終わり、昇格も逃したものの、「技術的に足りないことがある中でも、球速は順調に上がり、成長を続けられていた」ことが、正木投手の気持ちを後押しした。

「もっと上のレベルでも絶対にやれる」

 そんな正木投手の思いにさらなる拍車をかけたのが、正木の2学年先輩で、当時はバッテリーを組んでいた大塚勇輝選手の言葉だった。

「大塚さんは145キロを投げる僕の姿を見て、『もっと上のレベルでも絶対にやれるよ!』と言ってくれて。僕と同じくらいのボールを投げられる投手はたくさんいますし、何よりも技術面で足りていないことを自覚していたので、『なかなか難しいかもしれないな』という冷静さも保ちつつ、その頃からより高いレベルで野球を続けていくことを考えるようになりました」

 そして、2年秋(2023年)のリーグ戦でも、その思いがプレーに乗り移ったかのような投球を見せた正木投手は、8試合に登板して、2勝(1敗)、防御率0.29の成績を残して2季連続で最優秀防御率のタイトルを手にして、チームの連覇に貢献。

 秋のリーグ戦終了後には、一橋大と入れ替え戦で再び顔を合わせたが、この時は9安打を打たれたものの、9回1失点。9奪三振の好投で、チームを3部に押し上げた。

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