妊娠後、妻のことがわからなくなった…「あなたと結婚したのが間違いだった」と告げられて “まじめすぎ”に疲れた45歳夫の嘆き
出産しても…「こうあるべき」にとらわれて
それでも時間はたっていき、沙保里さんは元気な双子を産んだ。義母は当然のように手伝いに来たし、沙保里さんも受け入れてはいたが、日々、さまざまな言い争いが起こっていた。そんな愚痴を夜になると妻から聞かされる。聞いているふりをしながら右から左へと聞き流すしかなかった。
「結婚生活って何なんだろうと、ずっと思っていました。妊娠をきっかけに結婚したのが間違いだったのかもしれないと。ふたりの新婚生活を楽しんでから結婚するのが、その後、スムーズに暮らしていくコツだったのではないか、そもそも僕はどうして沙保里と結婚しようと思ったんだろう。そんなことばかり考えていました。子どもはかわいかったし、自分でも信じられないくらい愛情を感じたけど、その一方で沙保里についてはクエスチョンマークばかりでした。おそらく彼女もそうだったんでしょう、今思えば。僕とやっていけるかどうか不安を抱いていたのではないかと思います」
彼は会社員としての仕事を続けていた。そして友人と共同で起業した会社が少しずつ軌道に乗っていき、妻に渡せる生活費も徐々に増えていった。
「子育てが大変だったら、少し他人を頼ってみてもいいんじゃないか。保育園に入れるとか、地元の保育ママを頼むとか、あるいはベビーシッターさんを頼んでみるとか。少しくらいならお金も出せるからと沙保里に言ったら、『私、仕事を辞めなければよかった』と。妊娠して精神状態が不安定になった中で、自分はいい母親にならなければいけない、そのためには仕事を辞めなければいけないと思い込んでしまったそうです。義母はずっと仕事をしていて、幼かった彼女は、帰宅しても母親がいないのがとても寂しかったと。だから自分は家にいる母親になると決めたそうですが、実際には専業主婦にはなりたくなかったって。まじめだから、いちいち『こうあるべき』と思うんでしょう。それが自分の本当の気持ちからかけ離れているとしても」
めんどうな性格なんですよねと晃太さんはつぶやいた。妻を憎んでいるわけではないが、今まで出会ったことのない複雑でめんどうな人なのだと苦笑もした。
「教育」をめぐって衝突
子どもたちが幼稚園に入園したころ、妻と義母の間に「決定的な何か」があったようだ。妻は「とにかく、もうあの人には頼らない」と言い切った。根堀り葉掘り聞いてみたら、「母は子どもたちのことをなにも考えてない」って。どうやら英才教育をしたい沙保里さんと、子どもをのびのび育てたい義母との間で、さまざまな争いが勃発していたらしい。
「僕の知らないところで、妻は子どもたちを幼稚園のあと塾に通わせていたんです。小学校受験もさせるつもりだった。僕は断固、反対。義母と手を組むことにして、子どもたちの塾を辞めさせました。沙保里には『何か仕事を探したほうがいい。仕事じゃなくてもいい。興味のあることをなんかやってみれば』と言ったんですが、『私は主婦と母としての仕事だけで手一杯』と言われました。優秀な子を育てることのどこがいけないのかとくってかかられて」
彼はそれ以来、仕事の時間をやりくりしたり、起業した会社の仕事を自宅に持ち帰ったりして、なるべく子どもたちのそばにいるようにした。昼間は義母がそれとなく沙保里さんの様子を見てくれた。沙保里さんが言うほど、義母は悪い人でも冷たい人でもない、妻は幼いころの寂しさから義母を恨んでいるのだと晃太さんは思っている。
晃太さんは、なるべく沙保里さんにも寄り添うよう心がけた。結婚って何だろうと思いながらもそうしたのは、ただ子どもたちのためだ。子どもたちにとっては唯一の母親なのだから。
だが、沙保里さんは「あなたと結婚したのが間違いだったのかしら」とつぶやくようになる。子どもの教育への熱意が足りないと責められもした。がんばって寄り添い続けても「なにひとつ共有できるものがない」と晃太さんはつらくなっていく。
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妻の妊娠・出産を機に、どんどん気持ちが追い込まれていく晃太さん。その結果が、浮気につながっていったということなのか――。【記事後編】で、彼の不倫&バレのてん末を紹介している。
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