「THE W」 粗品が「面白すぎた」せいで露呈した日テレの致命的な「体力不足」
悪いのは「観客」か「芸人」か? 「M-1」とは真逆の日テレの成功モデル
粗品さんは自身の審査員コメントが「暴走」のように注目されていることを受けて、「W以外のレースで爪痕を残せないような芸人にしたくない」「きつく聞こえるかもだけどボランティア精神で言う」ため引き受けたと説明している。コメントが長くなること、踏み込んだ言葉を使うことについても、事前に日テレ側と打ち合わせを済ませていたという。
つまり、今回の「粗品劇場」は、暴発ではなく予定調和だった。にもかかわらず、放送後は「粗品が全部持っていった」「粗品の言葉が番組を締めた」「粗品が日テレを救った」……称賛は正しい。それ自体、粗品さんの能力の高さを示してはいる。だが同時に、それは番組そのものが自力で緊張感のある舞台をつくれていなかったことの裏返しでもある。
物議を醸したのが、粗品さんによる観客への言及だ。「笑っちゃいけないところでウケて、ウケるべきところでウケない」「拍手しに来ただけの客」。切れ味は鋭いが、かなり辛辣だ。
ただし、これを「観客批判」としてだけ受け取るのは、少し浅い。粗品さんが問題にしたのは、客そのものというより、そういう客を配置し、そういう反応を前提に番組を組み立てている日テレの制作姿勢ではなかったか。
「THE W」の優勝賞金は1000万円。これは「M-1グランプリ」と同じ額である。面白いことに、「M-1」出場芸人たちは、「ちょっとやそっとのことじゃお客さんが笑ってくれない」と口をそろえて言う。NON STYLEの石田さんや、中川家ほどのベテラン勢でさえ。レイザーラモンRGさんも「“笑わせてみろ”みたいな初期のM-1のお客さん」の存在を口にしていたことがあるが、そういう状態を「客が重い」と文句をつける芸人もいたほどだ。
その手の評論家然としたこだわりの強い観客の良し悪しは別として、賞レースというのはそれだけ厳しくプレッシャーのかかる真剣勝負である、という感覚はどの芸人も納得するだろう。一方で「THE W」の観客席の雰囲気は若い女性が多いせいか和やかで、みんなでお祭りを盛り上げるぞ!という空気に満ちている。
思えば日テレで人気があるお笑い番組は、この「全員で盛り上げる」型が多い。「有吉の壁」にしても「ウチのガヤがすみません!」にしても、芸人同士はライバルというより一つのチームであり、みんなで笑いを取りにいこうという雰囲気がある。筆者は「エンタの神様」の世代だが、粗品さんが否定した「不必要に笑う観客」を装置として使った典型的な番組という印象だ。
「THE W」でも、水卜麻美アナがMCを務めていた頃、よくネタの序盤に「ふふっ」と笑いを漏らすのが聞こえた。「皆さん、笑っていいですよ」の合図だったのだろう。水卜アナが笑うことで観客の緊張も緩み、「つまらない」としらけるテレビの向こうの視聴者を置き去りにして盛り上がる大会ができてしまっていたことは否めない。
また今回、観客席に芸人ではないタレントやアスリートが配置され、やたらと「楽しかった」とコメントする姿が抜かれていた。これも粗品さんの厳しいコメントなどを薄めるための「中和剤」的な役どころだったのだろう。
ネタの精度よりもリアクションの大きさ。ウケの「質」より拍手や歓声といった「音圧」。「全員野球」ならぬ「全員お笑い」。そういう日テレ流お笑いスタイルによってキャラが引き出され、さまざまな芸人たちがブレイクしていった。それが一つの成功モデルとして存在してきたのは確かだ。
だが賞レースという「真剣勝負」の場に持ち込むと、一気にゆがみが出る。「全員でこの舞台を盛り上げましょう」。この言葉は、いかにもファンフレンドリーで、優しい。だが賞レースにおいては、時には責任の分散を意味する。
ウケなかったのはネタだけの問題ではない。観客も悪いかもしれないし、進行も悪かったかもしれない。そうやって「スベっても芸人のせいだけではない大会」が出来上がる。そのユルさを粗品さんが、憎まれ役を買って出て口にしたにすぎず、おそらく審査員席の誰もが薄々感じていたのではないだろうか。
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