「美人でも悲しさ、陰り、寂しさを備えていた」 「トラック野郎」初代マドンナの“素顔”【追悼】
物故者を取り上げてその生涯を振り返るコラム「墓碑銘」は、開始から半世紀となる週刊新潮の超長期連載。今回は11月27日に亡くなった中島ゆたかさんを取り上げる。
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悲しさ、陰り、寂しさを備えた美人
菅原文太が演じる星桃次郎と、愛川欽也が扮する松下金造は、派手に飾り付けた“デコトラ”の運転手。二人は恋にけんかにと騒々しいが、最後には人助けのためトラックを爆走させる。
鈴木則文監督による映画「トラック野郎」シリーズは1975年から79年にかけて10作品が作られた。
第1作「トラック野郎 御意見無用」で初代マドンナを務めたのが、中島ゆたかさん(本名・上野ゆたか)である。ドライブインで働くウェイトレスの役だった。
同作の宣伝を当時担当していた、元東映宣伝部長の福永邦昭さんは振り返る。
「他の企画が流れた穴埋めでスタートしたものの、意欲作でした。松竹の『男はつらいよ』に対抗しようと、寅次郎に対して、こちらは桃次郎。マドンナ役の設定も意識したものです」
低予算で製作期間も短い。だが、泣く、笑う、(手に汗を)握る、の大衆娯楽映画の要素が詰まっていた。
「マドンナ役に凝る余裕はなかった。ゆたかさんは東映の専属で、確実な女優でした。美人でも悲しさ、陰り、寂しさを備えていた。男気あふれる文太さんは実は照れ屋、その雰囲気をゆたかさんが自然に引き出した。予想をはるかに超えるヒットになったのはゆたかさんの力も大きい」(福永さん)
全国哥麿(うたまろ)会の会長、田島順市さんは思い返す。
「トラックの世界で今も尊敬されている映画です。中島さんが助手席に乗る姿は私らから見てもぴったりでした。作り話に思えない映画で、トラックで働くのが誇りと思えるようになった。1作目があってこそ続いたと感謝しています」
後にはマドンナ役をあべ静江、島田陽子、由美かおる、片平なぎさ、夏目雅子らそうそうたる顔触れが務めた。
2時間ドラマで重宝
52年、茨城県水戸市生まれ。姉がミス・パシフィックに勝手に応募。見事、日本代表になり、71年に世界大会で2位に輝く。モデルを経て73年、東映に入社。
「洋風の顔立ちで(168センチと)背も高い。上品で育ちの良さが伝わってきました」(福永さん)
「激突!殺人拳」(74年)での石油王の娘役など千葉真一主演のアクション映画に相次ぎ出演し、「トラック野郎」第1作で人気急上昇。
「映画で主役を張り続ける女優とはいきませんでした。ゆたかさんは台本を読んで、この作品は嫌などと言わない。来た仕事を受け、素直で毒がない様子はずっと変わらなかった」(福永さん)
映画の脇役で活躍する一方、テレビの2時間ドラマで重宝される存在に。殺人事件にからむ悪女や長い髪のどこか陰のある役が多い。
クイズ番組出演がきっかけでフジテレビ勤務の上野澄明さんと81年に結婚。上野さんは「週刊新潮」結婚欄の取材に「ハデな商売のわりには、足が地についていて、すごく常識的な考え方をする人です」と新婦を評した。夫婦は1女を授かっている。
元芸能レポーターの藤田恵子さんは言う。
「芸能界を騒がせることはなく、作品中の肌の露出が話題になるぐらいでした」
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