大相撲「観戦マナー」悪化で「横審」がついに苦言 「絶対にNG」の野次 大目に見ても良い声援とは

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若貴ブームの頃は

 1994年からの4年間、私は相撲専門誌の編集記者だった。いわゆる「若貴ブーム」(若乃花、貴乃花の兄弟力士の全盛期)で相撲界は活況を呈していた。小錦、曙、武蔵丸のハワイ勢、舞の海、智ノ花といった小兵力士も元気いっぱい。今以上に役者が揃っていた。大入り満員が89年九州場所11日目から97年五月場所2日目まで666日続いたのである。

 あの頃と比べて、今の大相撲観戦のマナーは悪くなっているのだろうか。私はそうは思わない。

 そもそも本場所の館内は案外騒々しい。はるか昔からそうだ。昭和30年代、人気力士同士の取り組みに「国技館たった二人にこの騒ぎ」という川柳が飛び出すほどうるさかったという。

 大人が声を張り上げてよい。升席ならば四人が小宴会を愉しみつつ観戦する。ビールや清酒を呑み焼き鳥などを食らう。吊り天井を見上げながら飲むビールは堪えられない。ほろ酔い加減で荘厳な形式美に身を置くと心持ちも大きくなる。

 なにより目の当たりにする力士の体躯! ここまで身体を逞しくできるとは、同じ人間として誇らしくなってくる。酒も入り気持ちも弾け、声の一つも飛び出すというものである。

 珍事もあった。升席の客が持参のゆで卵を食べるために土俵脇の清めの塩をもらいに行って怒られた。まるでコントである。

立ち合いの緩急

 さて、賑やかな空気の中、土俵では取り組みが進む。東西の両力士が登場し、拍手。そのときには贔屓の四股名を思い切り叫ぶ。土俵を懸賞の幕が回ってそのアナウンス。同一スポンサー名が数回繰り返されると観客から失笑が漏れる。両力士の仕切りの間は四股名の叫び放題。妙に声の通る御仁がいて、その美声に感心したりする。

 最後の仕切りが終わると大歓声。さあ取り組みだ。

 立ち合い――。

 それまでの喧騒がぴたりと止み、静寂が訪れる。

 ここなのだ。

 この緩急がたまらないのである。

頭蓋骨の音まで

 激突時に頭蓋骨のぶつかる音まで聞こえる。張り差し(立ち合いで相手の顔を張る)ならば「バチン!」という破裂音まで響く。立ち合いが成立すれば待ってましたとばかりに歓声が沸く。やがて行事の掛け声が加わり、勝負が決まってさらに大歓声。勝ち力士の贔屓筋は諸手を挙げて万歳したりする。そして小宴会に戻り、花道を引き揚げる力士に力いっぱいの拍手を送るのである。

 とどのつまり、マナーが取り沙汰されるべきは立ち合い時だけなのだった。

 あとは全部大目に見ていい。騒ぐのは高い入場料を払う観客の権利ですらある。平幕が横綱に勝って金星を挙げたときには座布団を投げるのも仕方ない(ほんとうはダメですけど)。ちなみに九州場所の升席の座布団は紐で固定されていてそれが叶わない。金星を挙げた力士は「座布団が飛ばないと淋しいですね」とつぶやいたものだった。

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