11年かけて新三役昇進、優勝2回 “41歳”の最年長関取「玉鷲」が若々しい相撲を取り続ける秘密は「お菓子作りと手芸」【令和の名力士たち】

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出産間際の妻が「あなたは相撲に集中して」と

 平成31(2019)年初場所前、玉鷲は誓った。妻は第2子を妊娠中で、予定日は初場所中だという。

「生まれてくる子どものために、恥ずかしい成績は残せない!」

 関脇・玉鷲は、5日目を終えて3勝2敗という成績だったが、6日目にモンゴル出身、巨漢の逸ノ城を破ると、相撲に勢いが戻ってきた。

 13日目には、これまで一度も勝ったことのない、横綱・白鵬と張り合いになり、押し出しの勝利。2敗だった白鵬が翌日、関脇・貴景勝に敗れて3敗になったことで、13日目を終えた時点で、玉鷲が優勝戦線の単独トップに立ったのである。14日目も碧山に勝ったため、千秋楽で遠藤に勝てば、初優勝が決まるという展開になった。

 14日目の昼から、妻は出産準備で入院していた。「いつ、赤ん坊が生まれるんだろう」とソワソワして、玉鷲は深夜2時に病院を訪ねた。

「『私は大丈夫だから、あなたは相撲に集中して』という妻の言葉で、一旦は自宅に帰ったけど、しばらくして男の子誕生の知らせが入って、また病院に向かったんです(笑)」

わずか2.5秒、突き落としで決着

 早朝のほんの数分、妻と次男と対面した後、玉鷲は朝稽古のために、片男波部屋へ――。

 この日、遠藤に勝てば、すんなり優勝が決まるのだが、敗れて3敗になって、結びの一番で貴景勝が大関・豪栄道に勝って3敗を守れば、2人の優勝決定戦になる展開。

 人生最大の見せ場ともなる遠藤戦、玉鷲は落ち着いていた。

「よ~し! ここでやってやるぞ! っていい感じに燃えていました。もし負けても、決定戦で勝てばいいや……って思えたしね」

 遠藤戦はわずか2.5秒、突き落としで決着がついた。

「『最高です!』って気がついたら、叫んでいました(笑)。34歳でもやれるんだ! 優勝できるんだ! と自信がついて、自分が生まれ変わった瞬間でもありましたね」

 感動の初優勝から3年余り、令和4(2022)年秋場所で2回目の優勝を遂げた玉鷲。その時、37歳10カ月。史上最年長での賜杯を抱いた。令和6年の九州場所では旭天鵬(現大島親方)以来、戦後3人目になる40歳の幕内力士となり、今年の九州場所も幕内力士として帰ってきた。

 初土俵からの連続出場記録(2025年11月現在1748回)は、ギネスブック(2026年版)で「MOST CONSECUTIVE SUMO BOUTS」(相撲の最多連続取り組み)と記された。(記録認定は2024年11月18日時点の1653回)

 趣味は、お菓子作りと手芸。

「いい気分転換ができているから、土俵でもがんばれるんだと思っています」

 来年も、玉鷲の若々しい相撲が見られそうだ。

玉鷲一朗(たまわし・いちろう)
本名、バトジャルガリーン・ムンホルギル。昭和59年11月16日、モンゴル・ウランバートル出身。平成16年春場所、初土俵。平成20年初場所、新十両昇進、秋場所、新入幕。平成27年春場所、新三役昇進。平成31/令和元年初場所、初優勝。令和4年秋場所、2度目の優勝。殊勲賞3回、敢闘賞1回、技能賞1回。金星8個。189センチ、181キロ。得意は押し。

武田葉月
ノンフィクションライター。山形県山形市出身、清泉女子大学文学部卒業。出版社勤務を経て、現職へ。大相撲、アマチュア相撲、世界相撲など、おもに相撲の世界を中心に取材、執筆中。著書に、『横綱』『ドルジ 横綱朝青龍の素顔』(以上、講談社)、『インタビュー ザ・大関』『寺尾常史』『大相撲 想い出の名力士』(以上、双葉社)などがある。

デイリー新潮編集部

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