アニメ全盛に“待った” 「国宝」はなぜテレビに頼らず社会現象になったか 実写映画の可能性を証明

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社会現象として広がり

 物語のテーマも普遍性のあるものだった。歌舞伎という特殊な世界を舞台にしながらも、血筋と才能、師弟関係、家族の絆、夢への挫折と再生といった主題が丁寧に描かれていた。正反対の境遇で育った2人が、互いを刺激し合いながら高みを目指す姿は、多くの観客の心に刺さった。

 さらに社会現象としての広がりも見られた。原作小説は累計200万部を突破し、ロケ地への聖地巡礼も話題になった。映画のパンフレットが完売する劇場も続出した。第98回米国アカデミー賞の国際長編映画賞日本代表に選ばれ、トロント国際映画祭や釜山国際映画祭でも上映され、2026年には北米でも公開される。海を越えて世界的な大ヒットとなる可能性を秘めているのだ。

 テレビ局の宣伝力に頼らず、純粋に作品の力と観客の口コミで記録を打ち立てた点でも画期的である。アニメ全盛の時代に実写映画の可能性を証明し、日本の伝統芸能をテーマにした作品が世界でも評価されることを示した。

 歌舞伎という一般に馴染みのないテーマも、約3時間という長い上映時間も、要素だけで考えれば観客を遠ざける要因にもなりそうだが、実際には逆のことが起こった。質の高い作品を丁寧に作り、適切な宣伝戦略を展開し、観客の心に響く普遍的なテーマを描けば、ジャンルや上映時間にかかわらず大ヒットが可能であることを証明したのである。

 公開から約半年が経過した今も、劇場には連日多くの観客が詰めかけ、その勢いは衰えていない。日本映画史に新たな金字塔を打ち立てた「国宝」の快進撃は今後も続くだろう。

ラリー遠田(らりー・とおだ)
1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務めた。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)など著書多数。

デイリー新潮編集部

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