もはや病院の集約化もやむを得ない… “救急医療”の現場で「看護師不足」が深刻化する根本的な理由
「7対1病床」のジレンマ
看護師の給料を上げられないことには多くの病院が慢性的な赤字経営に陥っていることが関係しています。福祉医療機構の発表によると、対象にした全国270の急性期病院のうち2023年度に経常赤字だった病院の割合は56.7%。経常利益率は平均で-1.7%でした。ここで、急性期病院を含む一般病院の2023年度の経常利益率の平均が-0.4%だったのと比較すると、7対1病床などを持つ急性期病院の収益性が低いことが分かります。
病院側としては、7対1基準を維持して高い入院料を得ないと経営が成り立たない一方で、そのために膨らむ人件費やコストを賄いきれず、結果として赤字に陥るというジレンマ(構造的な赤字)を抱えています。原資となる利益が出ない以上、看護師の給料を上げることもままならないのが実情です。
そもそも、7対1病床は2006年の診療報酬改定によって急性期医療の質向上のために導入され、報酬額も大きく引き上げられました。当時、7対1病床は看護師の人員を揃えられれば算定ができ、患者さんで埋まっていれば高収益を上げられたため、制度新設時には各地の病院がこぞって採用をしました、その結果、2014年のピーク時には全国約38万床に上っています。
その後、厚労省は設置基準の引き上げや、「重症患者」の基準(重症度、医療・看護必要度)を厳しくするなどの形で7対1病床を減らそうと試みましたが、この10年で減らせたのはわずか5万床でした。そうしている間に人口減の影響もあり、7対1病床の対象となる患者さんが減って病床を埋められなくなり、気づけば病院の収益に負の影響を及ぼしてしまっています。
それでは7対1病床の数を減らしてリハビリテーションなどを行う回復期病棟などに切り替えれば、看護師不足も収益性も改善して良いと思うかもしれませんが、そう簡単にはいきません。病床の切り替えにはリハビリ室の設置や専門職(PT・OT)の採用コストも伴うので、ただでさえ赤字の病院からするとハードルが高い。何より7対1病床はその地域住民の命を守る重要な役割があり、病院側にとって「ブランド」面での価値もあるので、一度設置したものを取り払うのには重い決断が必要になります。
病院の集約化もやむを得ない
看護師の給料を上げるため政府も何もしていないわけではありません。2024年の診療報酬改定の際には、給与のベースアップ+2.5%を目標として看護職員の処遇改善分が診療報酬に加算されています。ただこの程度の賃上げでは他業種と競合し、激務と天秤にかけて看護人材が流出してしまいます。
やはり看護師不足を防ぐ賃金アップには根本的に病院の経営を改善して、給与として看護師に還元することが急務になります。しかし、特に急性期病院では前述の通り、経営改善をしたくてもできない現状がある。この難しい問題を解決するには、ある程度身を切ることが必要で、例えば地方の病院の集約化などはやむを得ないのではないかと思います。
基本的に大規模な病院ほど収益性が高く、看護師の待遇が良いことはよく知られています。日本看護協会の病院看護実態調査(2024年)によると、勤続10年看護師(非管理職)の平均月額給与は病床数99床以下の病院では約31万9000円なのに対して、500床以上の病院では約36万7000円です。給与のみならず、大きな病院ほどきちんとした研修プログラムがあり、一度職を離れても戻ってこられるような採用フローが整備されています。看護師目線でも働きやすいケースが少なくありません。
大規模病院の収益性が高い傾向にあるのは業務の効率化がなされるからです。医療ニーズに合わせて複数の病院に分散していた医療体制を一か所に集めることができれば、蓄積される症例数が増加して専門的な医療を提供できるようになる。急性期医療も一度に対処できる患者さんの数が増えます。加えて、職員のシフトが組みやすくなり夜勤の負担も減らすこともできる。看護師の負担を減らせれば離職も減って直接的に看護師不足の改善につながります。
医療体制はコスト・アクセス・質の3つで評価できます。当然ながら患者側から見た場合、分散していた病院を集約すれば「アクセス」が悪くなる人が出てきます。しかし、人口減により需要の絶対量が減少している地域において、この3つをすべて満たすような医療を提供することはもはや難しくなってきています。看護師不足の結果起きる医療の「質」の悪化を食い止めるためにはどこかを削らなければならない。病院の集約化は「アクセス」を削る現実的な改善策のひとつといえます。看護師の問題に限らず、今後の日本の医療は、何を削り、何を残すか、選別する段階にきていると言えるかもしれません。
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