男たちを圧倒した「肉体派女優」から「国際派」へ 素顔は役柄と正反対、戦後から平成を駆け抜けた「京マチ子」の凄さとは【昭和女優ものがたり】

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四大監督の作品に出演

「羅生門」は人間の心理の謎を描いた時代劇だ。盗賊の多襄丸(三船敏郎)が、武士(森雅之)の妻・真砂(京)に目をつけ、武士の前で手篭めにしてしまう。その後、武士は死んだ姿で発見されるが、なぜ、誰に殺されたかが分からない。多襄丸、妻、巫女の口を借りた武士の霊、事件を目撃した杣売(志村喬)がそれぞれ異なる証言をする。が、彼らの証言は食い違い、何が真実だったのかが分からなくなる。

 京は、証言ごとに違う女性を演じ分けた。たとえば貞淑な妻の仮面を被りながら、多襄丸と夫が殺し合うように仕向ける時はファム・ファタールのように。本格的な映画出演が2年目とは思えない、人間の多面性を見事に表現した。

「羅生門」は一年後にヴェネツィア国際映画祭でグランプリを受賞し、日本映画が世界に認められる橋頭堡(きょうとうほ)となった。その後も京の出演作「源氏物語」(1951年)、「雨月物語」(1953年)、地獄門(1953年)が立て続けに国際映画祭で受賞し、「国際派女優」、「グランプリ女優」と言われるようになる。

 トップ女優に上り詰めた京は、その後、成瀬巳喜男監督「あにいもうと」(1953年)、溝口健二監督「赤線地帯」(1956年)、小津安二郎監督「浮草」(1959年)などに出演している。黒澤を含めた日本映画の四大監督作品すべてに出演し、どれもが名作の評価を得ているという女優は他にはいないだろう。

京マチ子の隠れた名作

 あまり知られていない、京の隠れた名作と言われる作品を紹介したい。豊田四郎監督の「甘い汗」(1964年)だ。京はこの時40歳で、円熟した演技を見せている。

 バーで女給として働く梅子(京マチ子)は36歳。生活は苦しく、狭い部屋に8人で暮らしている。高校に通っている娘の竹子(桑野みゆき)は、陽気で楽天的な性格だ。ある日、梅子はかつての恋人・辰岡(佐田啓二)と再会する。梅子の事情を聞いた辰岡は母娘の面倒を見ようと言うが、やがて思わぬ事態に発展する。

 冒頭から梅子は、バーの同僚の女と取っ組み合いのケンカを始める。また、家族との喧嘩では畳の上にシュミーズ姿で大の字になり「さあ殺せえ!」と叫ぶ。たくましさと強かさ、そして汗でむせかえるようなシーンに目が離せない。

 この映画が公開されたのは、東京オリンピック開催の年であり、高度経済成長期の真っただ中にあった。都心では急速な開発が進み、映画でも梅子が働く飲み屋街が、区画整理によって立ち退きになる描写がある。

 こんな厳しい環境の中、たくましく生きる梅子の姿は、戦後の混乱期を経て復興を目指す日本人のバイタリティを象徴しているようだ。そこには「痴人の愛」のナオミのように戦後を新しい価値観で生き、男たちを翻弄する姿はない。京は変わりゆく社会から振り落とされようとしながらも、必死にしがみつく女性を振り絞るように演じている。彼女の後半期の傑作と言えよう。

 娘を演じた桑野みゆきは、松竹ヌーベルバーグの代表作、大島渚監督の「青春残酷物語」(1960年)に主演した新進気鋭の女優だった。しかしこの3年後に結婚して引退してしまう。そして、珍しく女を騙すワルを演じた佐田啓二は、今作公開の1カ月前に交通事故で亡くなっている。まだ37歳だった。

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