労働生産性が「ぶっちぎり」で低い日本 高市総理の肝いり「労働時間の規制緩和」を進めないとつまずく2つの理由

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働きすぎても規制しすぎても命を脅かす

 ほかにも建設業界では、建築やインフラ整備などの工期が長くなり、そのために人件費や工期延長にともなうコストがかさむようになった。医療に関しても、都市部はともかく、医師の不足や高齢化が深刻な地方では、医療提供体制の維持に困難が生じつつある。

 全国過労死を考える家族の会は、労働時間の規制緩和に反対し、「命を守る働き方改革に逆行する」という声明を出している。たしかに、命が守られなかった人の家族の声は切実である。労働者の意思に反して長時間労働を強いることはあってはならない。その点では、働き方改革を後退させるべきではない。

 しかし、既述のように、働き方改革によるダメージも小さいとはいえない。とりわけ、路線バスが廃止されて陸の孤島となった地域や、医療提供体制が崩壊した地域では、働き方改革の影響で人命が危機にさらされている。すなわち、働きすぎるのも、労働時間を規制しすぎるのも、どちらも命の問題につながるのである。

 こうしたときに大事なのは比較衡量である。長時間労働によって命を失った人がいるのは事実として、対策として労働時間を一律に規制するだけでは、別のかたちで命が脅かされる人が出てくる。どちらに傾きすぎても危険である以上、労働時間の短縮は長期的な目標に据えつつも、もっと働きたい人、もっと働く意思がある人には働いてもらうのが、最良の解決策ではないだろうか。

労働生産性を上げることが先決

 2つ目の論点は、日本の生産性の低さについてである。11月13日の参院予算委員会で共産党の小池晃書記局長は、労働時間の規制緩和について高市総理を追及した。日本の労働時間がヨーロッパなどとくらべて長いことを挙げ、短縮すべきだと訴えたのだ。しかし、労働時間だけでくらべてはいけない。日本の労働生産性は欧米にくらべて悲しいほど低い。

 日本生産性本部がまとめた「労働生産性の国際比較2024」によると、日本の労働生産性は2023年の時点で、1時間当たり56.8ドルとされている。ほかのG7諸国を見ると、アメリカ97.7ドル、ドイツ96.5ドル、フランス92.8ドル、英国80.6ドル、イタリア77.8ドル、カナダ71.4ドル。日本はぶっちぎりで最下位なのである。

 しかも、G7で1位のアメリカでさえ、OECD(経済協力開発機構)加盟国中の8位にすぎない。さらに上位にはアイルランド154.9ドル、ノルウェー136.7ドル、ルクセンブルク128.8ドルなどが並ぶ。OECDの平均は71.3ドルで、日本は遠くおよばないどころか、OECD加盟38カ国中29位である。

 早い話が、これまで長時間働くことで低い労働生産性を補ってきたのが日本だった。時間当たりの生産性を高めるという発想に欠け、諸外国にくらべて低い労働生産性は、事実上放置されてきた。働き方改革を推し進めて労働時間を規制するなら、その前に低い生産性を改善し、労働時間を短縮しても生産力を維持できるようにする必要があったはずだ。

 それをせずに労働時間だけ、生産性が高い国々に合わせようとすれば、あちこちに歪みが生じ、日本の生産力は相対的に低下し、ひいては経済が停滞するのは当然である。

 その意味で、労働時間の規制をいったん緩和し、欧米並みかそれを超える水準にまで労働生産性を高めることを目標にするほうが、合理的ではないだろうか。時間当たりの労働生産性の数値目標を設定し、達成したら労働時間を減らせるようにしてもいいかもしれない。

 最後に高市総理に苦言を呈しておきたい。共産党の小池書記局長の質疑に、「私も睡眠時間はだいたい2時間から長い日で4時間です。だからお肌にも悪いと思っております」と答えたが、いかがなものか。

 これに対しては、高市総理の健康を心配する向きも、国会のあり方や総理大臣の激務の改善を求める向きも、リーダーが自身の激務を公表することで、周囲が同調せざるをえなくなるのを懸念する向きもあるだろう。いずれにせよ、労働時間の規制緩和をめざす総理みずからが、そこに私的な話を持ち出すと、冷静な議論に水を差すことになる。これは精神論を廃除して、冷静に、合理的に論じられるべき問題である。

香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。

デイリー新潮編集部

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