鳥羽一郎、一番人気のデビュー曲「兄弟船」は「周囲から全く推されていなかった」 発売後も半年“鳴かず飛ばず”だった作品が『紅白』7回歌唱の快挙を遂げるまで

  • ブックマーク

「兄弟船」より「南十字星」と「流氷・オホーツク」が推されていた

 そんな弟のデビューから1年半遅れたものの、鳥羽も「塩の香りが似合う男」というキャッチ・フレーズでレコード・デビュー。この『兄弟船』ともリンクする“海の男路線”は、最初から決まっていたのだろうか。

「そうですね、ただ……、船村先生はデビューのために『兄弟船』『北凍船』『流氷・オホーツク』『南十字星』の4曲を準備してくださっていたんですよ。なかでも先生は、“鳥羽一郎にはこれが合う”と言って、ハワイアン調で穏やかな『南十字星』を推していたんです。先生のお兄さんは昔、戦地となったフィリピンの沖合いで亡くなっているので、この『南十字星』という曲にお兄さんへの想いを託そうとしてらしたんでしょうね。

 一方、日本クラウンの社長さんは、厳しい北海を歌った『流氷・オホーツク』を気に入ってくれていたので、デビューは『南十字星』か『流氷・オホーツク』でいくか、意見が真っ二つに割れたんです」

 その強力な2曲とは違い、『兄弟船』は当初、一般人が作ってコンテストで入賞した詞に船村徹が曲をつけ、“発表会で歌ってこい”と言われていただけの作品だったという。

「ただ、自分としては、最初から『兄弟船』が気に入っていて……。でも、先生にそんなこと言えないじゃないですか。だから、周りに根回しして、“なんか評判が良いみたいですよ”という雰囲気を作りまして(笑)。そうしたら、最終的に先生が『兄弟船』をデビュー曲に決めてくれました。その後、星野哲郎先生がシングル用に歌詞を整えてくださって、今の『兄弟船』の歌詞になったんですよ」

「兄弟船」は地方キャンペーンでジワジワと人気に。紅白では7回歌唱

 ちなみに、「南十字星」は2作目、「流氷・オホーツク」は3作目のシングルとして発売され、いずれも「兄弟船」がロングヒット中ということもあって隠れてしまったためか、両者ともにオリコンTOP100圏外に。とはいえ、どうにか発売にこぎつけ、’82年8月にリリースした「兄弟船」のほうも、オリコンTOP100に入ったのは’83年の2月だ。この半年間、どう過ごしていたのだろうか。

「デビュー当初は、いろいろな街でキャンペーンをしたのですが、反応には波があって。“この歌は都会ではウケない”とだんだん分かってきて、北海道に集中してあちこちで歌わせていただきました。礼文島から函館まで、宣伝マンが運転手も引き受けて一緒に周ってくれましたね。そうしたら、ジワジワと売れてきてました」

 この戦略が功を奏し、オリコン年間シングルでは’83年度66位(’84年度も年間132位)、有線放送リクエストも’83年度20位となった。また、NHK『紅白歌合戦』では、Tシャツにジーンズという漁師スタイルで初出場となった’85年のほか、’92年、’95年、’00年、’03年、’06年、’07年と合計7回歌唱。今では同一楽曲の最多歌唱数は、石川さゆりの「津軽海峡・冬景色」と「天城越え」がともに13回と更新し続けているが、’07年時点では「兄弟船」が最多記録だったのだ。

「数曲歌うだけのイベントでも『兄弟船』は必ず歌いますね。歌いたくないなんて思ったこと、一度もありませんよ。逆に歌わないと、観客の方々は“なんで歌わないんだ”と思われるでしょうし、『兄弟船』あっての鳥羽一郎ですから、本当にありがたいですよ」

ちなみに、カラオケで歌う時のコツも聞いてみると、

「力強い歌なので、とにかく元気に歌ってもらえたらオッケーです! あと、歌詞のなかに『俺と兄貴のよ 夢のゆりかごさ』というフレーズがあり、“実際は(山川豊が弟なので)兄貴の立場だろう?”と言われることがあるんですが、個人的には全然気にならないですね。『海の匂いのお母さん』(Spotify第5位)でも、『案じております 兄貴とふたり』と弟役で歌っているけれど、逆に現実とは異なる世界に入り込んで歌えますね」

 当初は本命ではなかった楽曲が、今や「鳥羽一郎といえば『兄弟船』」と言われるほどに定着しているのが興味深いが、鳥羽の音楽に対する誠実さを伺っていると、ただ真っ直ぐ情熱を届けようとしている人にこそ運命の女神は微笑むのかな、と実感させられる。

 インタビュー第2弾では、意外なヒット曲となった「カサブランカ・グッバイ」や、当初B面曲だった「海の匂いのお母さん」など、「兄弟船」以外の“本命ではなかったヒット曲”についても語ってもらった。

―――

【INFORMATION】 
◎ニューシングル『昭和のおとこ』発売中 
<収録曲>
1. 昭和のおとこ
作詩:かず翼 / 作曲:徳久広司 / 編曲:南郷達也
2. おふくろ月夜
作詩:さくらちさと / 作曲:徳久広司 / 編曲:南郷達也
3. 昭和のおとこ(オリジナル・カラオケ)
4. おふくろ月夜(オリジナル・カラオケ)

◎岩手「クラウンミュージックフェスティバル」開催
・日程:2025年12月7日(日) 12:30~/16:30~(2回公演)
・会場:矢巾町・田園ホール
・料金:全席指定5,000円(税込)

【PROFILE】
鳥羽一郎(とば・いちろう)
1952年4月25日。三重県鳥羽市生まれ。82年にシングル「兄弟船」でデビューしロングヒットを記録し、『第16回全日本有線大賞』新人賞などを受賞する。以降も「男の港」、「カサブランカ・グッバイ」などの話題作を多数リリース。歌手として活躍する一方でチャリティー活動にも携わっており、紺綬褒章を数回受章している。弟は演歌歌手の山川豊、長男はシンガーソングライターの木村竜蔵、二男は演歌歌手の木村徹二。

臼井孝(うすい・たかし)
人と音楽をつなげたい音楽マーケッター。1968年、京都市生まれ。京都大学大学院理学研究科卒業。総合化学会社、音楽系の広告代理店を経て、'05年に『T2U音楽研究所』を設立し独立。以来、音楽市場やヒットチャートの分析執筆や、プレイリスト「おとラボ」など配信サイトでの選曲、CDの企画や解説を手がける。著書に『記録と記憶で読み解くJ-POPヒット列伝』(いそっぷ社)、ラジオ番組『渋谷いきいき倶楽部』(渋谷のラジオ)に出演中。データに愛と情熱を注いで音楽を届けるのがライフワーク。

デイリー新潮編集部

前へ 1 2 次へ

[2/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。