【べらぼう】歌麿に無茶な要求を連発… 大河主人公なのに「蔦重」に人気がない決定的な理由

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通常は見えない舞台裏だから

 だからといって、蔦重のほうが歌麿より格上だという話ではない。というのは、「江戸のメディア王」の異名がある蔦重は、あくまでもプロデューサーであり、才ある人を育てる立場にある。地本問屋の主人とは、いまでいえば出版社の社長であり編集者にあたる。いまも出版社は作家を育て、作家が活躍する場で、出版社社長が作家より格上ということはないし、社長や編集者が表に出ることも、例外を除いてない。

 それをテレビ局、あるいは芸能プロダクションに置き換えてもいい。歌麿を俳優やタレントに置き換えればわかると思うが、芸能プロダクションは俳優を育て、売り出す際、ある路線を定め、イメージ戦略を重ねる。駆け出しのころの俳優は、それに黙って従うのが普通だが、売れっ子になって自負心が生まれると、事務所の介入をうるさく感じて、揉めごとが生じたり、独立騒動が起きたりすることもある。

 だが、そうした舞台裏は通常は表からは見えず、たまに表面化すると、「俳優の意思を無視して型にはめようとする芸能プロ」という図式で語られることが多い。それも間違った見方ではないにせよ、芸能プロ側から眺めれば、お金と時間を投じ、手塩にかけて育ててきた俳優に反旗を翻されて困惑している、という構図が見えたりもする。だが、そちら側から眺める機会はあまりない。

 プロデューサーとはそういう立場である。作家や俳優、タレントなどを総称してプレーヤーと呼ぼう。プロデューサーはプレーヤーの才能を見極め、それが最大限、そして適切に発揮されるように導く。その際、アーティストと衝突することもあるが、衝突を避けていたらプロデュースはできない。しかし、舞台裏の衝突は通常、ファンには見えないから、プロデューサーがプレーヤーの支持者から反感を買うことは多くない。

 ところが、「べらぼう」は、これまで常にプレーヤーばかりが主人公だったNHK大河ドラマではじめて、蔦重というプロデューサーが主人公である。だから、通常は見えない舞台裏に焦点が当たり、プレーヤーに無理難題を吹っかける姿が映し出される。すると、プレーヤーのファンには、自分のことばかり考え、プレーヤーを商売道具としか見ていないひどい人間に見えてしまう。

「べらぼう」では、主人公の蔦重人気が低いように思われる。実際、このドラマで話題になったのは歌麿のほか、平賀源内、朋誠堂喜三二や恋川春町、山東京伝らの戯作者、瀬川や誰が袖ら吉原の花魁、あるいは田沼意次や松平定信ら為政者で、いずれもプレーヤーである。蔦重は大河ドラマ史上でも珍しい損な役なのである。

香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。

デイリー新潮編集部

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