幼き日の極貧生活、恩人との確執、突然の離婚…「森進一」波乱万丈すぎる人生を支えた「おふくろの教え」
母親からの手紙
その後、夜中に電話があり、何を問題にしているのかもわかった。当時、筆者は他に掛け持ちで仕事をやっていたので、入稿の作業に関しては人任せにしていた。そのためにチェックが疎かになっていたのが原因で、連載を続ける条件は担当者を筆者に替えることだったのだ。
そんな予期せぬ出来事の連続を経て、60回を超える「人生ひたすら」というタイトルの連載を続けることができた。
森は鹿児島出身と思われているが、生まれたのは山梨・甲府で、小学校はサッカーの中田英寿と同窓だという。静岡・沼津で看板業をやっていた父親の元に小学1年で移ったが、小4で母親が家を出て、妹弟と4人で下関に移った。
6畳一間の一家4人の母子家庭は生活保護を受ける貧しさ。森少年は母親を助けるために小学生の時から朝4時起きで牛乳配達、新聞配達で一家を支えた。
鹿児島に移ったのは中学3年の途中のこと。貧困生活は続き、高校進学は叶わず。中学を出ると集団就職で大阪の寿司屋で働くことになった。後年、70年に鹿児島から家族を呼び寄せたが、このあたりが、森は鹿児島出身と言われる由縁になっている。
歌手デビューするまで大阪ではいくつもの職業を転々とした。苦労して育ててくれた母親や妹弟に仕送りをして、楽をさせてあげたいのに思うようにはいかない日々が続いた。そんな時に、〈おふくろから手紙が来ました〉と森。そこにはこう書いてあった。
「土を掘っても最初は泥。でも、もっと掘れば泥水になり、掘り続ければやがてきれいな水が泉のように湧いてくる」
〈このおふくろの教えがあったことで、何とか横道にそれず、いまの自分につながっているような気がします〉
家族の歴史は続く
歌手デビューを果たし、ヒット曲を連発し、森昌子(67)と結婚、3人の子供に恵まれ、幸せな家庭を築いた。森にとってはそれが一番の願いだった……。しかし、「まさか」の離婚。
だが、家族の歴史は続き、長男の「ONE OK ROCK」のTaka(37)、次男のはてな、三男の「MY FIRST STORY」のHiro(31)は、いずれもミュージシャンとして両親と同じ音楽の世界で活躍している。今や華麗なる音楽ファミリーだ。
森の半生は「おふくろさん」に象徴される家族の物語というしかない。 (後編に続く)




