下着姿で“グラウンドの神様”に土下座…「昭和の明大野球部」伝説をOBの「広澤克実氏」が明かす「島岡イズムは今も健在です」

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大変だった風呂当番や食事当番

「2012年に大阪市内の高校で、バスケ部の主将が顧問の体罰に苦しんで自殺するという事件がありました。明大だけでなく相当な数の大学が事件を真摯に受け止め、それぞれの運動部で指導方針を改めたのです。例えば今の明大野球部ですが、もちろん後輩と先輩の上下関係は存在します。ただし、部員の会話だけを聞いていると、どちらが先輩でどちらが後輩かは分かりません。また1年生の仕事、2年生の仕事といった役割分担がありますが、上級生が1年生の仕事を手伝うことも珍しくありません。私たちの時代には考えられないことです」

 広澤氏が野球部員だった時、グラウンドや寮は調布市内に建てられていた。そして風呂は薪で焚くものだった。

 1年生の風呂当番は普段から木をチェーンソーや斧を使って割り、薪を作った。そして練習が終わると泥だらけのユニフォームのまま薪に火を付け、湯を沸かす。湯加減がうまくいかないと先輩に怒鳴られた。

 食事当番もあった。寮の食事を作ってくれる女性は勤務していたのだが、1年生が野菜を切るなど手伝っていた。

 明大野球部の練習施設は2006年に府中市で新築され、島岡氏の功績をたたえ「内海・島岡ボールパーク」と命名された。現在の清潔な寮では風呂は自動的に沸き、食事の用意を部員が手伝うこともない。

島岡イズムは今も健在

 広澤氏は「昭和の時代と今では、確かに何もかも違います。ただし、明大野球部の核となる指導方針は全く変わっていないと思います」と言う。

「私たちが大学生だった時代は、様々な教育現場で従軍経験者が現役の教師として勤務されていました。島岡さんも海軍です。そして学校や企業の指導方針に旧日本軍の新兵教育が影響を与えていたのは間違いないでしょう。ただし、それでも島岡さんは『明大野球部はプロ野球選手を養成する場所ではない。人間力を鍛え、社会に貢献できる人材を育成する場所だ』と常に口にしていました。島岡さんは全身全霊で部員に接し、心血を注いで育て上げますから、野球部員が就職活動を行うと企業から高く評価されたものです。実際、明大野球部はレギュラーの座を獲得できなかった4年生でも就職が良いことで知られていました。野球より人間教育が大切だという基本方針は今の野球部にもしっかり受け継がれていると思います」

 現在の広澤氏は民間企業の役員も務めており、ある日、人事の担当者と雑談していた。

「採用面接の話題になると、人事担当者は『どんなに優秀な人であっても、消極的な態度だと高く評価できないです』と言うんですね。つまり、『こういう仕事はできますか?』と質問しても、『できることならやりたくないです』と答えられると、優秀なのは分かっている相手でも採用を迷ってしまうそうです。私も、その気持ちは分かります。そして昔も今も明大野球部は何事にも意欲を示し、何でも挑戦してみるという部員を育ててきたのではないかと思います。やはり島岡イズムは今も健在なのです」

 野球部員が暮らす島岡寮の入口には「人間力」の書が飾られている。

 第1回【ネット動画で話題沸騰!「昭和の明治大学野球部」の真実をOB「広澤克実氏」が激白…御大こと「島岡吉郎監督」が部員の前で“刀”を出した瞬間】では、島岡氏が野球部員に切腹を命じた衝撃のエピソードなど、昭和の明大野球部について詳細に報じている──。

註:子どものような人だった… 島岡・明大野球部総監督を悼む/高田繁(読売新聞東京朝刊:1989年4月12日)

デイリー新潮編集部

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