アナウンサー志望がなぜAKB48に? 司会応募のはずが…“最初の卒業生”が明かす運命の岐路
千葉テレビでリポーター
そこからは、専門学校に通いながら、千葉テレビの番組でリポーターの仕事を始めました。お笑いコンビ・アンジャッシュさんが司会を務めていた公開生放送で、私はディズニーリゾートの取材やリポートをスタジオで紹介するディズニーコーナーの担当でした。放送後は観覧に来た方々との交流時間があったので人生初めてのサインはおそらくここで書かせて頂いたものだったと思います。
私を担当してくれたのは、竹下景子さんのマネージャーをされている方でした。文化人の方々をサポートするような事務所だったため、若い世代を育てたいという意向があったようです。
今思えばとても手厚く育ててもらっていたのだと感じます。ただ、番組自体は1年ほどで、終了してしまいました。当時20歳、専門学校を卒業するタイミングです。事務所に残っても一人暮らしができるほどの仕事があるかと言えば、そうではない状況でした。マネージャーさんからは「このまま事務所に残ってもいいが、他を探す方が良いかもしれない」と言われたんです。
そこから、私はオーディション雑誌を買い漁り、色々なオーディションやコンテストを探し始めました。当時は年齢制限が設けられていることが多く、22歳くらいで足切りになってしまうような状況で、「今しか応募できないんだ」という焦りもありましたね。
そんな中で、オーディション雑誌に載っていたのが、秋元康さんがプロデュースするアイドルプロジェクトでした。秋葉原に専用劇場ができる予定で、毎日のライブのMC(司会)を募集しているという内容だったんです。
私はもともとアイドルが好きで、応援する側の人間だったので、「アイドルと仕事ができる」という点に強く惹かれました。さらに、秋元さんプロデュースで、専用劇場で毎日ライブを行うというプロジェクト自体が、「これは当たらないわけがない」と直感したんです。
当初、アイドルになるつもりは全くなく、あくまで「司会の仕事ってどんな感じですか?」というスタンスでアポイントを取り、プロフィールを持参して説明を聞きに行きました。
すると、担当の方が「この書類でメンバーの方でもエントリーできますよ」と勧めてくれたんです。私は「いえ、大丈夫です」と断ったのですが、その方は「このプロジェクトはこれから大きくなるから、チャンスだよ。後のことは受かったら、考えればいい」と熱心に言ってくださいました。
メンバー募集の年齢制限には、ギリギリひっかからなかったんです。でも、私は「いやいや」と渋っていたら、「司会の枠がなくなりました」と言われてしまい……。
私は「マネージャーは募集していますか? とにかくこのプロジェクトに関わりたいんです」と伝えました。すると、「だったらなおさら、一度メンバーで応募してみたら」と言われ、最終的にメンバーオーディションを受けることになったんです。
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第3回【センターは「あっちゃんかな、たかみなかな」 AKB48“最初の卒業生”が明かす「1期生」の素顔】では、宇佐美さんが1期生のオーディションの様子やメンバーの素顔を語っている。
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