まさかの“UFO”を発見? 横尾忠則が振り返る「阿久悠」との思い出

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 画家に転向したのが1980年、その2~3年前にサモアに行きました。電通の藤岡さんの呼び掛けで、阿久悠、浅井慎平、池田満寿夫、平岡正明、それに僕の5人の他に電通の人が2人、それと電通の参事だった小谷さんらの10人位のグループ旅行でした。

 旅行の目的はあるようでなく、多分この5人なら黙っていてもメディアで写真や絵や文章で旅の印象を書いたり、撮ったりするに違いないと、招待されたのです。

 僕は5人の内、阿久さん以外は友人、知人だったので何んとなく気心がわかっていました。でも初対面の阿久さんともすぐ気が合って親しくなり、帰国してからも何度か会ってメシを食ったり、対談をしたり、彼の小説『瀬戸内少年野球団』の装幀をしたりして、お互いにこれから何かコラボができそうだと思っている矢先きに思いもよらず、早々に逝ってしまいました。僕より1歳若かったのではないかな。

 サモア旅行では、少し離れたイースター島にも行きました。もちろん阿久さんとだけでなくグループ全員とです。イースター島といえばあの古代遺跡の石像のモアイのある島で、ここは確か南米のチリ領であったと思います。地球の果てみたいな小さい島で、さすがに他の国からは遠過ぎるせいか、旅行客でごった返しているような風情は全くなかった。

 機上から見ても実に小さい島で、あんな小さい島の短い滑走路に飛行機が上手く着陸できるのかな、と少々心細い気分で、まあ島の崖にもぶつからないで上手く着陸してくれて、なんとなく「万歳」なんて叫んだように記憶しています。

 このイースター島は実に狭く、簡単に一周できそうに思えた。この島に来た目的は、あのモアイを見ることだった。ずらりと並んだモアイは、全員、口をすぼめて、今は海の底に沈没したらしい、伝説の母なるムー大陸を懐しがって「ムー」なんて叫んでいる、そんな説があります。

 イースター島は太平洋にポツンとある孤島のせいか、強い風が吹きまくっていて、島には大きい樹木などほとんどなく、島全体が野っ原のでこぼこの地形です。

 そして、人口が少なくて、馬ばかりが目立つ。人間の数より馬の数の方が多いといわれており、道路という道路は馬糞が散乱していて、どう見ても観光地という感じではなく、お土産屋は空港周辺に何軒かある程度で実に殺風景な島です。

 この島にはホテルがないので10人が2人ずつ分かれて小さい民家に宿ることになり、僕はなぜか阿久さんと同じ家になった。それぞれが個室を与えられ、もう夜も遅いのでベッドの中でウトウトし始めた頃、民宿の外から大きな声で電通の人が「ヨコオサーン、ヨコオサーン」と叫びながら家の廻りをグルグル駈け回っているので、何事かと思って入口へ行くと、その人は、「UFOです、UFOです、横尾さんに確認してもらえ」と言われて飛んできたというのです。

 イースター島にUFOか、ウンあり得ると言って僕はパジャマのまま、阿久さんにも「行こう」と言って部屋を裸足のまま飛び出したので足の裏が小石を踏んで痛くて思うように走れません。

 ふと阿久さんを見ると、彼は上下ちゃんとスーツを着て、靴まで履いている。いくらダンディストの阿久さんだと言っても、ここは南太平洋の絶界の孤島、人なんかいない。馬に見られるくらいだ。僕は真夜中にスーツを着こんだダンディな阿久さんに笑ってしまいました。

 痛い砂利道をトタン板の猫のように飛びはねながら、裸足の僕は皆んなが騒いでいるところに向かって走りました。ほぼ全員が一ヶ所にかたまって、輝く大きい星を指差して「UFO、UFO」と子供のように叫んでいる。北極星のように一段と輝やいた星だが、ここは地球の南側、北半球なら多少星座の知識はあるが、ここ南半球の星座の知識はあまりない。しかし誰が見てもわかるような星の輝きです。

「なーんだ、星じゃない」と僕が言うと、全員ががっかりしてしまった。団長の小谷さんは「UFOに詳しい横尾さんがいうから間違いない。横尾さんがUFOでないと否定したことで、われわれは横尾さんを信じるよ」と言って、しばらくなごり惜しんでいたが、空には流星ひとつ流れず、でも満天の星があおげただけでも充分神秘体験をしたような気になったものです。

 帰国して、間もなく、ピンク・レディーの「UFO」が大ヒットした。阿久さんに「あのイースター島の擬似UFOからヒントを得たの?」と聞くと、「あゝ、そうか、そんなこともあったね」とのん気なことを言うから、「イースターから帰ってきたばかりで書いた詞(うた)だからてっきりイースター体験かと思ったよ」と言うと、本人はポカンとしていた。

 阿久さんはとうとうUFOを観ないまま宇宙へ旅立ってしまったのです。

横尾忠則(よこお・ただのり)
1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。第27回高松宮殿下記念世界文化賞。東京都名誉都民顕彰。日本芸術院会員。文化功労者。

週刊新潮 2025年10月23日号掲載

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