マラドーナに「一番だ」と言わしめたマルセロ・ビエルサ “狂人”と呼ばれた男の執念(小林信也)
マラドーナ愛
イングランド・プレミアリーグのリーズ監督時代にはスパイ疑惑も受けた。
19年、ビエルサが対戦相手の練習にスタッフを送り込み、フェンス越しに双眼鏡でのぞき見たと告発されたのだ。事実なら規約違反。「卑劣だ」と非難するメディアに対してビエルサは記者会見で堂々と言った。
「私はずっと同じことをやってきた。これは私の国では不誠実な行為ではない」
その場でパソコンを開き、プロジェクターで分析資料を公開した。克明なデータは100ページ以上に及び、記者たちを驚嘆させた。そして非難を理解に変えた。
「情報を盗んだのではない。これは執念の結晶だ」
これらの話を並べるとビエルサは戦術優先のスター嫌いに見えるが、意外な側面もある。あのディエゴ・マラドーナについて、彼はこう語っているのだ。
「マラドーナはアイドルであり芸術家だった。そしてこれからも彼こそが私たちにとって、アイドルだ」
そのマラドーナも16年、ラジオのインタビューで次期監督に誰を推すかと尋ねられ、答えている。
「ビエルサが一番だ」
思いがけない相思相愛。狂気と分析の先にはやはりサッカーの〈無限のアート〉の領域が存在するのか。
日本代表が来年のW杯で対戦すれば、どんな分析がされるだろう。これまで誰も指摘しなかった日本代表の課題をビエルサなら浮き彫りにするはずだ。その分析データを試合後でいいから入手すべきだと夢想する。狂人はそんな期待も抱かせる。
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