「安定」を捨てる価値は本当にあるのか…地方公務員“令和退職組”が明かす本音とは

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 かつては“タブー視”されていた地方公務員の転職も、今や当たり前になった。一方、公務員といえば「潰しがきかない仕事」と称されてきた代表格でもある。安定の職を捨て、民間企業へと飛び込んだ“先人”は今、自身の転職をどう振り返るか。二人の転職経験者の「本音」をきいた。【堀尾大悟/ライター】

民間に次のキャリアを求めた「元県庁職員」

 今回、民間企業への転職を経験した、二人の元地方公務員に協力をいただいた。

 一人目は、猪俣菜央さん(38歳)。新卒で埼玉県庁に入庁後、福祉部高齢介護課、副知事秘書、企画財政部企画総務課(政府要望、全国知事会など広域調整)を歴任。入庁5年目、27歳で転職を決意した。

 その猪俣さん、実は入庁する前から転職を意識していたという。

「大学で行政学を専攻し、『硬直した行政組織を内側から変えたい』という思いがありました。そのためにはまず組織の『中』を知る必要があると考え、県庁を選んだんです」

 入庁後も、その問題意識はブレなかった。仕事の傍ら、機会をとらえては周囲の先輩職員に「なぜ県庁に入ったんですか?」「仕事のやりがいは?」「社会に何を届けたい?」と“ヒアリング”を重ねた。そして、自分なりに「行政組織の『中』を知る」という目的を果たせたと感じたのが、5年目というタイミングだった。

 その彼女が転職先に選んだのは、社会課題解決を専門とするコンサルティングファーム。その後、外部のプロフェッショナルな人材を紹介するなどして、企業の課題解決を支援する「株式会社サーキュレーション」に転職し、8年間で部長職まで務め上げた。現在は独立し、フリーランスで社会課題解決のプロジェクトに複数携わっている。

 もう一人の転職経験者が、森原さん(仮名・37歳)。猪俣さんと同じく、新卒で某県庁に入庁。福祉事務所でのケースワーカーからキャリアをスタートさせると、次は財政課に5年間在籍。市町村課、市役所派遣を経て、地域包括ケア課にてケアラー・ヤングケアラー支援の業務に従事。その後主査として市町村課に「出戻り」した。

 現役公務員の方はピンとくると思うが、県の予算編成を担う財政課や、県内市町村を人事・財政面で支える市町村課は、いわば出世コースの王道。その花形のキャリアを順調に歩んできた彼は、36歳で一念発起し、転職を決意する。

「最初に配属された福祉事務所での、生活保護のケースワーカーという仕事にやりがいを感じていました。その原体験が強く、毎年の異動希望調査では『福祉の領域で仕事をしたい』と書き続けていたんです」

 しかし、自治体人事の常だが、「できる」人材は「ヒト(人事)」と「カネ(財政)」を司る部署に集められがちだ。タフな予算折衝業務を5年間やり遂げた森原さんは、組織からも“財政畑”を歩み続けることが期待されていたのだろう。

「だからこそ、『福祉の領域で仕事をしたい』という私の希望は、この先も叶うことはないと感じました。また、一般行政職である限り、特定の領域で仕事をし続けることは難しい。それが、転職の直接のきっかけです」

 2025年3月をもって、15年勤めた県庁を退職。大手IT企業グループのシンクタンクへ転職した。現在はシニアコンサルタントとして官公庁や自治体向けの医療・福祉分野のコンサルティングに従事している。長年抱き続けた「福祉」への想いを、県庁の外で叶える道を、森原さんは選んだのだ。

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