FRB利下げ示唆の裏で注目すべき欧州経済の現状 「ECB利下げ打ち止め観測」「後を引くウクライナ情勢」は日本経済にどう影響するのか

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日銀の植田総裁は

 ECBの利下げがストップすることで、今後の日本経済は「日・米の動向だけ」に左右される部分が大きくなるという見方もできるかもしれません。これまでは、「ECBが利下げをして、FRBも続きそうだから……」などという想定がなされてきたところ、良くも悪くもシンプルな構造になるというわけです。

 日銀の植田和男総裁にしてみれば、自身の利上げの判断において考慮すべき大枠が単純化したともいえるわけですが、現にユーロ買いの状況が継続する中、トランプ関税に次ぐ世界的ショックなどが起こり、「次は円だ」という買いによって円が急騰するようなリスクに対してよりナーバスになっている可能性はあると思います。2013年1月に政府と日銀の政策協定である共同声明(アコード)において、物価安定の目標を消費者物価上昇率2%とすることが明記されていることもあり、現体制は2%というインフレ目標の達成を重視するので、せっかく国内で根付いたインフレへの期待感や、この株高のムードに水を差さないようにと、一層慎重に状況を見極めようとしているところだと思われます。

 いずれにしても、ユーロ高の状況はしばらく続くと思われます。日本人にとって、欧州からの輸入品の価格は高止まりしてしまうことになるでしょう。ワインやチーズなどの嗜好品はなかなか安くならないでしょうし、品質の良いものが入りづらい状況は続くと考えられます。

 残念ながら、ヨーロッパ旅行のハードルも高い状態が続きそうです。円安の影響だけでなく、「ウクライナ戦争」以降、旅客機がロシアの上空を飛べなくなっていますから、二重で旅行者に負担がかかる状態が続いているわけです。

株価にはポジティブな影響も

 一方、現在の欧州経済の状況を注視すると、日本の株価には良い影響がもたらされることも考えられます。

 もちろん、円安下であれば欧州への輸出企業にとって追い風の状況が続くという見方もできるのですが、売上比率を欧州に依存している日本企業は少ない。

 それよりも注目すべきは、やはり防衛産業でしょう。ウクライナ戦争下において、米国から防衛費の増額を強く求められるなどして、欧州の防衛関連企業はより好業績になっていくと見込まれています。米国からすれば、米製の防衛装備品を購入してほしいという意図も大きいのでしょうが、ヨーロッパにも有力な軍事企業がありますからね。ですから、そうした企業とサプライチェーンを結んでいる日本企業にも、恩恵が及ぶ可能性は高いと考えられます。現に日本の防衛関連企業の株価は上昇傾向にありますし、その他欧州の防衛企業との取引を抱える企業群の株価も引っ張られていくことは考えられそうです。

 加えて、エネルギー関連企業も注目の対象といえます。欧州をあげて導入を強化している再生エネルギーはもちろん、原発関連の企業も脚光を浴びつつあります。たとえば、これまで石炭火力に依存していたポーランドは、EUが極めて重視する脱炭素の圧力を受けて、原発への切り替え進めています。ルーマニアも、小型モジュール炉(SMR)などの新技術の導入に力を入れているところです。

 こうして国をあげて原子力に舵を切っているところが欧州にはいくつかあるので、つまりは巨額のマネーが動くことが確定している。防衛産業と同様に、原発事業に関わる欧州企業とサプライチェーンを共にする日本企業にも恩恵が及びそうです。

 ちなみにこれら東欧の国々は、ウクライナの復興需要も今後見込まれると考えられます。その意味では、建築業界にも同様の波及効果が及ぶ可能性もあるといえます。

 当然、米国経済という要素を抜きにして、日欧の関係だけで経済を展望することはできないわけですが、いずれにしても、こうした地政学をとりまく状況と、年内にECBの利下げがもう一度あるか、あるならいつになるかは、今後の欧州経済の注目ポイントといえそうです。

土田陽介(つちだ ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング調査部主任研究員。1981年生まれ。一橋大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。浜銀総合研究所を経て現職。海外マクロ経済調査(主に欧州)を担当。専門分野は欧州、米国、ロシアの経済・金融分析。著書に『基軸通貨 ドルと円のゆくえを問いなおす』(筑摩選書)、『ドル化とは何か 日本で米ドルが使われる日』(ちくま新書)など。

デイリー新潮編集部

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