暴行事件の広陵が初戦突破…甲子園で見られた“異様な光景” ベテラン記者も「こんなこと初めてです」

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様々な歪みが

 広陵の中井哲之監督は試合後、以下のように語っている。

「いろんなことでご心配をおかけしましたが、子どもたちが全力でプレーできたことには感謝しかありません。選手がよく頑張ってくれたと思います。(再三にわたる暴力事案に対しての質問に対しては)学校が発表した通りで、出場を認めていただいたので粛々と全力を尽くすだけです」

 しかし、試合後には7月に投稿されたものとは別の事案が、SNS上で拡散されており、日本高野連も被害を訴えている元部員から情報提供があったことを公表した。

 これを受けて、広島県高野連は第三者委員会を設置して、調査することも発表された。広陵の騒動が収束する気配はなかなか見えない。

 これまでもこのような部員同士、もしくは指導者による暴力事件は毎年のように起こっているが、その原因はどこにあるのだろうか。

 甲子園を視察に訪れていたNPBのスカウトはこう話してくれた。

「日本の野球界の中で、高校野球が“特別な存在”になっていることが大きいですよね。世間の注目度は、学校の部活動というレベルではありません。甲子園に出れば、学校の知名度は一気に上がりますし、所属選手も有名大学に進学ができる。そのためには『多少のことには目をつぶって、結果が全て』といった考え方になりますよね。最近は少し変わってきているところはありますが、とにかく野球だけに集中させて、他のことには目を向かせないというやり方をしている学校もあります。そうなると、どうしても狭い世界が全てになって、様々な歪みが出てくると思います」

「野球界の常識は一般社会の非常識」。筆者もこのような言葉を聞いたことがあるが、古い慣習などが残っているように感じる。ちなみに、広陵は野球部のSNSアカウントを運用し、部員も普段は時間を決めてスマートフォンを使っているなど、比較的新しい取り組みを採用しているチームだ。

 試合後の中井監督の話によると、選手自身が決めたルールで、甲子園期間中は通信機器を宿舎に持ち込んでいないとのこと。そういう意味では“普通の高校生”とは違う環境であることは確かだろう。

 一方で救いだったこともある。それは、甲子園に集まった観客の反応だった。試合前には「広陵が勝つとブーイングなどが起こるのではないか」という不安の声が聞かれたが、広陵ナインがアルプススタンドの前に並んで、挨拶をした時には、試合前には静かだったアルプス以外の座席からも大きな拍手が送られていた。

 広陵の部内で問題があったことは確かだが、不確実な情報で非難することは許されない。少なくとも、甲子園の高校野球ファンには、露骨な批判や誹謗中傷は見られなかった。

 開会式で行われた、智弁和歌山・山田希翔主将の選手宣誓では「自然環境や社会状況が変わりゆく中で、高校野球のあり方が問われています。しかし、その魅力は変わりません」という言葉があった。

 それは試合の方式だけではなく、日々の取り組みや、関わる周囲の人間も同様である。今回の騒動をきっかけに、高校野球がより良い方向に進んでいくことを望みたい。

西尾典文(にしお・のりふみ)
野球ライター。愛知県出身。1979年生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行う。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員。

デイリー新潮編集部

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