「スーパーナンペイ事件」捜査員が打ち明ける“瀬戸際の交渉”…カナダ在住「疑惑の中国人」を日本に連行した「ミッションインポッシブル」とは

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外された取り調べの最適任者

 代わりにKの捜査を担当することになったのは、途中から捜査本部に入ってきた管理官と係長だった。管理官は、大連の拘置施設で武田の取調べをした際、警察庁の課長補佐として同行した人物だ。彼は、「私はカナダなんかに行きません」と捜査そのものを拒絶し逃げ腰でいた。また、係長は、もともとは暴力団捜査に長く従事していた、いわゆるマル暴刑事(デカ)だ。これまで本格的に重大殺人事件の捜査に関わったことはなく、この領域への知見を持ち合わせていないのは明らかだ。凶悪殺人犯の取り調べの経験にも乏しい。

 なぜこのような人物が? 訝しく思われるだろう。当時の捜査一課長が新宿署勤務時代に重宝していたらしく、その縁で捜査本部に呼ばれただけの人物だ。彼のもとで、実際にKの取り調べを担当することになったのは、多摩地区の所轄で窃盗犯捜査にあたっていた刑事。これまた殺人事件立件のノウハウを持ち合わせていない。にもかかわらず抜擢された理由は、前出のマル暴刑事とかつて同じ交番で先輩後輩として勤務したことがあり、仲が良いという一点だけだった。

 そもそも苦心惨憺し、2年もの歳月をかけ、Kを日本に連行するという段取りを整え、このミッションインポッシブルンをやり遂げたのは原である。誰がどう見ても、八王子事件を隅々まで知り尽くし、Kの属性や背後を調べ抜いてきた彼が、K取り調べの最適任者であろう。

 警視庁上層部としては、長年、現場で事件捜査に忙殺されてきた原に、退官するまでの間に警察署の副署長や署長を経験させ、キャリアを積ませたうえで、より良い民間企業へ天下りさせてあげたいとの親心だったのかもしれない。またいつまでも職人気質のまま全て自分で仕上げようとせず、後進を育てるためにも、指導を兼ねた引き継ぎを行ってもらいたい、との考えもあったであろう。理解できなくはない。

日本の銃器犯罪のターニングポイント

 だが、これは単なる事件ではなく、迷宮入りが危ぶまれるあの「八王子スーパー強盗殺人事件」である。スーパー強盗で銃口が一般市民に向けられ、高校生を含む無辜の女性3人が凶弾の犠牲になったという、我が国の犯罪史上、類例のないケースだ。時効直前、刑事訴訟法の改正により死刑相当の凶悪犯罪での時効が撤廃され、その適用第一号である。事件解決につながる有力情報に懸賞金が支払われる制度が導入された初の事案でもある(この事件では上限600万円)。

 かようにあらゆる意味で、日本の銃器犯罪のターニングポイントとなり、社会を動かした大事件なのだ。せめてKの取り調べが終わるまでの間は原の異動を凍結し、捜査を尽くさせるべきではなかったか。

 しかし原の思いも虚しく、人事はそのまま発令された。お役御免になった原は、後ろ髪をひかれる思いで捜査本部を後にした。

 その後、Kをめぐる捜査はどういう経緯を辿り、どんな顛末を迎えたか――。

第5回【「解決できる事件を警察内部の人間が潰してしまった」…発生から30年「ナンペイ事件」を追い続けた捜査員が問う“警察の本分”】では、息詰まる捜査を待ち受けていた予想外の結末について触れている。

デイリー新潮編集部

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