オールスターで9連続奪三振！ 江夏豊が誰ひとり果たせなかった偉業に挑んだ理由（小林信也）
「緊張から逃れたい」
7月17日、西宮球場。捕手は田淵。この年田淵は腎炎のため一塁と外野で出場していた。その年初めて組むバッテリーだった。
最初から江夏は三振だけを狙って投げた。
初回、有藤、基満男、長池をいずれも空振り三振。
最も警戒していた長池だけは変化球で三振に取った。長池はカーブだと思ったボールを江夏は「フォーク」と言っている。実は、指の短い江夏がその年のキャンプで会得した新魔球。現在でいうスプリットだった。
自ら3ランを打った後マウンドに上った2回は江藤慎一、土井正博が空振り三振、東田正義を見逃し三振に打ち取った。中日時代によく打たれた江藤は怖い相手。不思議なことに江夏は「速球で」と言うが、江藤は「カーブで三振」と話している。それほど左腕からの角度ある速球に切れがあったのだろうか。
そして3回。スタンドは江夏の偉業達成なるか、固唾（かたず）をのんでいた。江夏自身、マウンドに上がり、不気味な静けさを感じた。
最初の打者は「実はバントも考えた」という阪本敏三。阪急の2番打者として4回のリーグ優勝に貢献。69年には盗塁王にも輝いている。この手の打者が軽くバットに当てにきて連続三振を阻止する確率が高い。だが、江夏は速球だけで三振に仕留めた。続く岡村浩二は三球三振。ついに大記録に王手をかけた。迎えた打者は、パ・リーグの王者阪急の主砲・加藤秀司。この対決中、有名な話がある。1－1からの3球目、加藤がバックネットへのファウルフライを打ち上げた。
追いかける田淵に江夏が「追うな」と叫んだ。その声に田淵はすぐ足を止めた。後で江夏は、それが捕るなという意味でなく、「早く極度の緊張から逃れたい、すぐ次の球を投げたい一心だった」と述懐している。
4球目はど真ん中の速球。フルスイングした加藤のバットが空を切り、江夏は前人未到のオールスター戦9連続奪三振を達成した。
第3戦でも先頭の江藤を三振に取り、江夏は前年からの連続奪三振記録を15まで伸ばした。それを止めたのはバットを短く持って打席に立った三冠王・野村克也だ。野村の二塁ゴロでようやくパ・リーグの屈辱は幕を閉じた。
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