突然“首”に激痛が! 近代医学も温泉も鍼もダメだったのに…横尾忠則が「治った」ワケ

  • ブックマーク

 少し前にも書きましたが3月の終り頃から突然、首が痛くなり始めました。日に日に痛みは増すばかり。全く心当りがありません。昨日より今日、今日より明日と首の激痛は留まるところを知りません。全く身におぼえもなく、どうしてこんなに激しい首の痛みに襲われたのか、とにかく近所の整形外科に飛んで行きました。レントゲンには骨しか写りません。どうも他の要因らしいのですが、湿布を貼って、整体コーナーでのマッサージを受けたけれど、全く良くなりません。

 頸椎専門の有名病院にも行きました。やはりレントゲンでは異常が見られません。考えられるのは偽痛風だと病院の先生は言います。別の痛みが痛風のマネをしているというのです。それがわかったから、どうなんだと問うても解決策はないそうです。

 そんな複雑怪奇な状況の中で歯医者に行くと虫歯で歯に穴が開いていると言われて、抜歯することになりました。ところが抜歯と同時にあら、不思議、抜歯した右側の首の痛みがやや和らぎました。なーんだ歯が原因だったんだ、と一件落着。かと思ったら、再び首が痛み始めました。どれもこれも偽の痛みばかりです。

 藁をもつかむ気持ちで草津温泉にも行きました。かつて帯状疱疹になったあとに出た神経痛のような首の痛みが、草津温泉でケロッと治った実蹟があったので、もしや、と思って出掛けたのですが、今回は全く効果はありませんでした。近代医学も温泉もダメ、じゃ鍼、Q、あんまと、東洋医学も渡り歩きました。近代も駄目なら東洋もダメ。

 この激痛をかかえて一生、生きるしかないのか、と完全に諦めてしまいました。その時、ふと森鴎外の、諦念の文学という言葉の意味を直感したのです。

 そうか、諦念することで、人間は悟る。悟ってしまえば、痛みもへったくれもない、人間の一生ってこんなもんか、と悟れば、その瞬間物事は解決する――と鴎外先生はおっしゃっているわけではないが、わが横尾センセが、そうと決めるしか生きる道はない。激痛と共生共存するしかない、と言っている。ヤケクソになって、そんなデタラメな諦念思想を信じよう、信じるしかない、ふと我は悟ったのかと思った瞬間、アラ不思議、あの激痛が、海の波が沖に引いていくように、サーッと消えていくではないか。まるで今までの激痛はイリュージョンによって創造された激痛、まさに偽痛風であったのでは、と、人間とはその気になれば悟れるものだ! と欣喜雀躍!

 とはいうものの、そう悟っただけで激痛が治るわけではありません。単なるイリュージョンです。

 しかし、ここでもう一度冷静になって考えてみましょう。現実的な結論をお伝えしますと、実は本当に、ある日を境いにスーッと痛みが風のようにどこかに流れていったのです。「治った!」のです。

 現実にこういうこと、つまり奇蹟はこの世に存在していたのです。別に悟ったわけではないです。勝手に激痛が空の彼方に消滅してしまいました。その理由も原因もありません。放っといたら勝手に治ってしまったのです。

 もしかしたら、これが現実かも知れません。ホントーに助かる見込みはなかったのです。近代医学も、東洋医学もはっきり言って手を引いてしまったのです。あとは奇蹟を待つしかない。この科学万能のAIの時代に奇蹟など存在しません。神にとって代ろうとするAIが一番エライ時代にわれわれは生きているのです。神も仏も、もうこの世には存在しません。

 では、なぜ、3ヶ月近く苦しめられたあの首の激痛が治ったのでしょうか。それは僕にもわかりません。「もう勝手にしなはれ」というところまで来た時、突然、あの激痛が潮が引くように引いたのです。

 とことん苦しんで、痛めつけられ、放っとくしかないと諦めたその時、何の因果か、法則か知りませんが、本当にあの死ぬより苦しい激痛が消えたのです。放っといたら消えたのです。僕には激痛が消えた理由はわかりません。

 でも本当にあり得ないことがあったのです。何もしない、放っとくしかないその頂点に達した時、この奇蹟が起ったのです。

 病気には自然治癒という法則だかなんだかがあるとは知っていたけれど、それによって治ったのか、とことん苦しめて、これ以上苦しめる方法がないところまで苦しめた結果、苦しめる方もそれ以上の苦しめ方がないところまできてしまって、とうとう手を引いたのかも知れません。

 あんまり痛みがなくなると、死んだんじゃないかと思います。少しぐらい痛みがあった方が、生きている実感がします。まあこういう経験は人生の他の部分でも起こり得ることかも知れません。不思議な経験をさせられたと、何者かに感謝するしかないですね。

横尾忠則(よこお・ただのり)
1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。第27回高松宮殿下記念世界文化賞。東京都名誉都民顕彰。日本芸術院会員。文化功労者。

週刊新潮 2025年7月24日号掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。