新庄剛志、三浦大輔、周東佑京…夏の甲子園まであと1歩及ばず、地方大会の決勝で惜しくも敗れた“名選手”

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幻となった剛腕対決

 群馬大会決勝まで勝ち進みながら、甲子園V腕に夢を阻まれたのが、ソフトバンク・周東佑京だ。

 東農大二時代は、群馬県太田市の自宅から高崎市の同校まで毎日1時間以上かけて通学。始発に乗り、練習後は終電で帰ることもあったというハードな日々を3年間まっとうした。

 そして、主将になった3年夏(2013年)、2番ショートの周東は、3回戦の群馬高専戦で3安打1打点を記録するなど、通算17打数7安打1打点5盗塁の打率.412とチームを引っ張ったが、決勝で高橋光成(西武)の前橋育英に0対3で敗れ、甲子園にあと1歩届かず。

 3打数無安打1四球に終わった周東は「前橋育英は強かった。打線で援護したかったが、高橋投手は力があり、打てなかった」と悔しさを噛みしめた。

 一方、夏の甲子園初出場を決めた前橋育英は、高橋が全6試合に登板し、46奪三振、防御率0.36の快投で群馬県勢では2度目の全国制覇を実現した。

「高校のときはプロになろうなんて考えてもいなかった」という周東だが、高1のときから俊足に惚れ込んでいた東農大オホーツク・樋越勉監督から「卒業後はプロに行かせるから」と口説かれて進学。大学4年間通算40盗塁を記録し、ソフトバンクに育成2位で入団すると、2年目に1軍定着をはたし、今年4月20日のオリックス戦で通算200盗塁を達成した。高橋とも高校時代以来の“因縁対決”を繰り広げている。

 このほか、東海大相模時代の菅野智之(オリオールズ)は、2年連続(2006、07年)県大会決勝で敗退。中部商時代の山川穂高(ソフトバンク)は、最後の夏(2009年)は沖縄大会決勝で島袋洋奨(元ソフトバンク)の興南に2対4で敗れた。

 岡山理大付時代に“中国ナンバーワン捕手”と注目された頓宮裕真(オリックス)も、最後の夏(2014年)は優勝候補に挙げられながら、岡山大会決勝で小郷裕哉(楽天)の関西に4対9で敗れ、あと1歩で甲子園を逃した。

 また、大船渡時代に最速163キロをマークし、エースで4番だった佐々木朗希(ドジャース)は、2019年に岩手大会決勝に勝ち進みながら、決勝の花巻東戦は、「故障を防ぐため」という監督の考えから登板回避(不出場)。西舘勇陽(巨人)との剛腕対決も幻と消えている。

久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新著作は『死闘!激突!東都大学野球』(ビジネス社)。

デイリー新潮編集部

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